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大河内 昌弘 院長の独自取材記事

おおこうち内科クリニック

(稲沢市/森上駅)

最終更新日:2020/04/01

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森上駅から車で5分、広い敷地に建つ白いモダンな建物が「おおこうち内科クリニック」だ。天井ほどの高さがあるガラス窓を通して、院内に差し込む陽の光。アイボリー色のインテリアに溶け込み、温かみを生み出している。大河内昌弘院長はその雰囲気にぴったりの温和な人柄のドクターだ。大学病院で長く内科診療に携わり、中でも糖尿病と消化器疾患については他に劣らないレベルをめざし専門性を磨いたという。一方、開業後の現在は「すべての疾患を診る」をポリシーとし、患者の人生を預かっているという責任感を常に忘れない。そんな院長が医師になったきっかけには、大切な人との別れがあった。現在の大河内院長を形作ったさまざまなエピソードを語ってもらった。
(取材日2017年3月22日)

全身も診られる医師として糖尿病患者をがんから救う

こちらではどのような診療を行っていますか?

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僕が専門とする糖尿病と消化器疾患を中心とし、腹痛や胸の痛み、息苦しさなど内科にも総合的に対応しています。小児科は掲げていませんが、お子さんもたくさん受診されるんですよ。「丁寧に対応してくれる」「こちらだと子どもが泣かずに治療を受けてくれる」といった評判が親御さんの間に広がっているそうで、非常に光栄ですね。あとは、他ではあまり手がけないような治療も積極的に行っています。その一つが、胃潰瘍や胃がんの危険因子であるピロリ菌の除菌治療。保険が適用されるのは2回までですが、それでも治らない人はいます。そこで2回目以降も対応ができるように力を注ぐようになりました。大病院からも治療実績を評価され、逆紹介も増えています。

なぜ糖尿病を専門に選ばれたのですか?

大学病院では第一内科に入局しました。内科はすべての病気に関わる最初の窓口であり、たくさんの患者さんが待っていると考えたからです。中でも専門とした消化器分野では、胃や腸の検査技術が要求され、患者さんの数も多かった。だから消化器のスペシャリストになるぞという気持ちで研鑽を積みましたね。ところが別の病院での研修を経て再び大学病院に戻ると、臓器別に外来を分ける臓器別再編成が進んでいたのです。内科という大きな枠組みは細分化され、僕は糖尿病内科に所属することになりました。決して自分の意思ではありませんでしたが、今となっては良かったですね。糖尿病も消化器も、そして全身も診られる医師になれたのですから。

「全身を診る」とは?

糖尿病は万病のもとで、心筋梗塞や脳梗塞、がんが潜んでいることも少なくありません。それをいかに早く見つけられるかで患者さんの人生が変わってしまいます。だから僕は患者さんの何げない一言や仕草、顔色などの変化から、他の病気の兆候をつかむよう注意を払っています。それがつまり、病気を診るのではなく、全身を診るということなのです。開業から5年、これまで50名近い糖尿病患者にがんを見つけました。チーム医療で1人の患者さんをしっかり診てきたからこそ、できたことではないでしょうか。

スタッフの方々のことも信頼されているのですね。

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どこにも負けないくらい親切な対応と高いホスピタリティーを施してくれる、自慢のスタッフたちです。患者さんも彼女たちを信頼して何でも話してくださり、それがカルテと一緒に共有されるので僕にも気づきがあるんですね。受付スタッフも来る患者さんを待つのではなく、自ら声をかけて迎えてくれています。診療開始前に来られた方を外で待たせるようなこともありません。こうした接遇の精神は、勉強会や講演会、外部のセミナーを通じて養っているんですよ。彼女たちの協力もあって、病気の治療だけにとどまらない、感動の医療が提供できるのではないかと思います。

自分にしかできない医療を追求する

開業理由をお聞かせください。

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自分にしかできない治療がしたかったからです。大学病院は専門が分かれていて、所属する科の診療に専念することを求められます。しかし僕自身は糖尿病に限らず、幅広く全身を診ることを希望していたんですね。それがかなわないことが段々とストレスになっていて……。そんな中、アメリカに3年間留学する機会を与えられ、そこでの経験も刺激となり開業を決意しました。

留学先でどんな経験をされたのですか?

留学先のルイジアナ州は日本人がほとんどいない片田舎。英語のアクセントも独特で言葉が通じないんですよ。一緒に来ていた子どもの予防接種にも一苦労でした。というのも、日本では多くの乳児がBCG接種を受け、その結果としてツベルクリン反応という検査が陽性になります。しかしアメリカではBCGの定期接種を実施しておらず、ツベルクリン反応は結核の感染有無を調べる検査という位置づけなのです。うちの子どもは日本でBCGを受けていたので、当然ツベルクリン反応は陽性になり、結核を疑われてしまったんです。言葉の壁、文化の違いによって、適切な医療が受けられない。とても大変なことでしたが、別の考えもよぎりました。日本にいる外国人も同じように困っている。自分にしかできないことがあるのではないかと。

それで外国人の患者さんも多いのですね。

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難しい治療だから通訳が必要だと他院で断られた方も来られますが、当院でできる限り対応しています。ほかには海外渡航用の英文診断書も作成していて、日本全国から依頼が舞い込んでいるんですよ。本来は1~2週間かかるものを、その日のうちに書いて差し上げるようにしています。インフルエンザの問診票も数ヵ国分を作って、当院のホームページからダウンロードできるようにしました。ある企業にインフルエンザ接種で伺った際、外国人従業員の皆さんが喜んで使ってくれているのを見た時は、予想以上の反響に驚き、うれしい気持ちになりましたね。

めざすは「世界No.1の医療コンビニ」

先生はなぜ医師になろうと思われたのですか?

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大きなきっかけとなったのは、大好きだった祖父の死です。僕はおじいちゃん子で、小さな頃は将棋や囲碁を教えてもらったり、いつも遊んでもらっていました。ところが僕が小学生の時、祖父は腎臓の病気になってしまったのです。週3日透析治療に通い、それでも次第に状態が悪化して、数年の間に亡くなってしまいました。初めてかけがえのない人を失ったとき、「病気に苦しむ人の力になりたい」という気持ちが湧き上がってきたんですね。それで一生懸命勉強して医学部に進みました。後に両親もがんで亡くしたのですが、その時にも「大事な人が困ったときに力になれる医師になろう」とあらためて心に誓いました。

先生の診療ポリシーを教えてください。

「絶対に窓口で断らないこと」です。たとえ自分にとって専門外の病気でも、診ることはできるのですから。そして一度診たからには、いい加減な治療はしません。責任を持って向き合い、自分の守備範囲を超える場合は速やかに提携病院に紹介します。実は僕自身、小学生の時に髄膜炎になって、3日間意識が戻らなかったことがあるんですよ。親には後遺症が残るかもしれないと伝えられていたとか。そんな重症だった僕が今こうして元気でいられるのは、担当の先生に救ってもらったからです。今度は僕が医療を通じて誰かの役に立つ番だと思っています。

印象深い患者さんとのエピソードはありますか?

糖尿病白内障を患った70代の男性です。目が見えなくなって白内障の手術を希望されていたのですが、大病院ではまず糖尿病の状態を良くする必要があると、入院を勧められたそうです。その方は1ヵ月先に免許の更新を控えていて、入院は避けたかったんですね。治療をすれば良いとわかっていても、理屈どおりにできない事情もある。そのことを知った僕は、入院せずに血糖をコントロールするため、毎日インスリン注射を打ちに来てもらったのです。自己注射にしなかったのは、看護師に打ってもらうほうが怖くないからです。結果的に糖尿病は改善に向かい、白内障の手術も受けられて、免許更新にも間に合ったと喜んでいただけました。開業医ならではの工夫で、患者さんに寄り添う医療を提供できるやりがいを感じました。

今後の展望をお聞かせください。

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病気も年齢も人種も問わず質の高い医療を提供して、「困ったときもあそこなら何とかしてくれる」と思っていただける、いわば「世界No.1の医療コンビニ」をめざしています。その実現のためにも、自分で線引きをせずに何でも学び、最新の治療や知識にふれながら守備範囲を広げていきたいですね。そうやって大きな病院ではできない、開業医だからこそできる良い治療をどんどんしていきたいと思います。

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