いとうこどもクリニック

いとうこどもクリニック

伊藤 けい子院長

頼れるドクター

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小児科専門のクリニックが少ないという成田市で、大学病院の医局で30年近く勤めた伊藤けい子先生が開業した「いとうこどもクリニック」。実家は成田山の参道にあるという伊藤先生は、長く地元での開業を考え続け、2008年に満を持しての開業となったそうだ。経験豊富で、安心感を与えるような語り口の伊藤先生に、クリニックのことから、力を入れている子どもの肥満のことなど、日本小児科学会認定小児科専門医の視点から話を聞いた。
(取材日2017年6月3日)

小児科医として30年務めた後、満を持して地元で開業

―開業して10年経っていませんが、大学病院でのご経験が長いのですね。

東京女子医科大学東医療センター、当時は第二病院と呼んでいたのですが、そちらに約30年在籍していました。ただ地元である成田で開業したいという気持ちは昔からあり、年齢的にもこれ以上後になるともうできなくなってしまうのではと思って、開業したのが2008年のことです。実は医局にいる間も、どんな建物にしようかとか、どんなふうにやろうかとか、設計図みたいなものを描いたりして、いつも夢を膨らませていたんですよ。

―地元である成田で開業することにこだわりがあったのですか?

私の実家は江戸時代、曾祖父の代から医者の家です。成田山の参道沿いにある「山内医院」という医院は祖父が開業しており、そのためご年配の方にはなじみのある医院だったのですが、父の兄が軍医で戦死し、一時医院は途切れてしまったんです。父は責任感から、子どもたちの誰かを医師にしなければと思っていて、小さな頃から「お前は医者になれよ」と言われていました。また、祖父が亡くなったときに遺品を整理していると、当時の患者さんへの診療代請求書がたくさん出てきたんです。そこから祖父は無理な診療代はもらわずに、時には無償で医療を提供していたということがわかり、医師としての姿勢に感銘を受けました。自分も生まれ故郷の成田で、祖父のように人のために役立てる医師になりたいと感じ、そういった思いが叶ってこの地での開業に至りました。現在は、私の姉の長男が山内家を継ぎ、都内の病院で麻酔科医として働いています。

―医師になったのは実家の影響ということですが、小児科を選んだ理由は何ですか?

恩師である小児科の先生が大きな理由です。学生に人気があって、怒ると怖いのですが、とても親身になってくださる先生でした。患者さんへの接し方も素晴らしく、お母さんたちも慕っていて、まさに「こういう先生になりたい」と思ったのです。先生は「せいぜい「気」を付けて「気」くばりを良くし、「気」力を充実して事にあたりなさい」とおっしゃり、検査よりもまず診察と教えられました。超音波やレントゲンより前に、胸の音を聞いたり、お腹を触ったりと、きちんと診察することが大切という教えなんですね。患者さんにとても優しく、よく話を聞いてあげる先生で、その姿勢は現在の医師としての私の基本となっています。

記事更新日:2017/07/19


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