中島歯科

中島歯科

中島 博樹院長

頼れるドクター

15627

JR南武線武蔵新城駅から徒歩1分。発展を続ける新興住宅街の中心にある「中島歯科」。院長の中島博樹先生は2つのクリニックで豊富な治療経験を積んだ後、祖父が医院を構えていたこの地に開業した。診療のモットーは、"わかりやすい医療"。2D映像、口腔内写真などさまざまなツールを使って治療計画の説明を行っている。また、3人の子の父としての実体験を生かしたきめ細かい小児歯科診療や、子育て中の母親たちが子どもを見ながら治療を受けられるようにと考えられた診察台前のキッズスペースも大好評だ。口内のチェックやクリーニングを行う月1回からの定期検診にも力を入れている中島先生に、この地での歯科医療にかける思いをたっぷり語ってもらった。
(取材日2016年6月30日)

豊富な治療経験の末に得た「わかりやすい医療」

―お祖父さまが開業医だったそうですが、その影響はありましたか?

中島医院という名前で、新城の町で一番古い内科医院でした。僕が医療の道に進んだのは祖父の影響が大きいですね。祖父は92歳で亡くなる直前まで、町の寝たきりのご老人の家を熱心に訪問診療に回っていました。「自分にはこれしかできないから」と謙虚に言っていましたね。そんな祖父の姿を見て育ちましたから、僕の中にも人助けをすることの喜びや、困っている人を見捨てておけないという心が養われたのだと思います。また、僕はもともとこまかい手作業が好きで、例えば子どもの頃から目覚まし時計を分解して中の機械を眺めたりしていたんですよ。もちろん元に戻せないんですけどね(笑)。そんな手先の器用さを生かそうと、歯学の道へ進むことを決め、地元に近い鶴見大学歯学部へ進学しました。

―大学卒業後のご経歴をお聞かせください。

歯科大学卒業後は大学病院などの医局へ入りインターンをすることが一般的ですが、僕は早くに結婚して子どもがいましたので、何としてでも食べていかなければいけませんでした。当時のインターンのお給料では家族を養うことはできませんでしたから、大学を出たての僕でも雇ってくれるクリニックを探して就職しました。もちろん、いくら歯科大学を卒業したからといって、現場ではまだまだ使い物になりません。院長先生からは、「毎日後ろに立って患者さんとのやり取りを見て、私が患者さんに言うことを、全部同じように言えるようになりなさい」と言われました。院長先生から学んだことが、僕の診療の基礎になっています。医療の専門家ではない患者さんに理解していただけるよう、わかりやすい言葉で診療方針やお口の中の状態を説明すること。言葉の選び方、説明の順番、そういうノウハウを現場で学びました。院長先生には深く感謝しています。

―その後、どうして開業されたのでしょうか。

そのクリニックに5年在籍した後は、大型スーパーの中にあるクリニックに勤務しました。とにかく患者さんの数が多く、日に50人ほど診察することもありました。日曜も開いていましたし、世間がお盆休みでも、自分の患者さんがいれば休めない。とにかく働きに働いて、多くの経験を積むことができました。そうしているうちに自分の治療方針が確立していき、「開業したい」という気持ちが芽生えたのです。「100パーセント、自分の考える医療を実践できる場を作りたい」と考えて、開業しました。この地は僕にとって思い出深い所です。祖父の医院があったので子どもの頃からよく遊びに来ていましたし、叔父の医院もすぐ隣りにあります。実は父もこの町で商売をしているんですよ。だからここは僕にとってふるさとのような町ですね。

記事更新日:2016/11/04


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