塗木 裕也 理事長の独自取材記事
あいホームケアクリニック
(川崎市幸区/川崎駅)
最終更新日:2025/03/24

患者やその家族との信頼関係を大切に、丁寧な診療を心がける「あいホームケアクリニック」の塗木裕也理事長。大学卒業後は循環器疾患の急性期診療に携わっていたが、医療の原点ともいうべき訪問診療に関心を持つようになり、「医師として育ててくれた川崎市で恩返しがしたい」と2010年に開業した。現在、医師とスタッフは総勢で45人ほどとなり、24時間365日、各分野の医師が専門的な診療を行っている。通院が困難な患者に安心して療養生活を送ってもらうために、患者や家族に寄り添った医療を提供する同院。「住み慣れた場所での生活をサポートしたい」と穏やかに、しかし力強く語る塗木理事長に、診療に対する思いや、現代の課題ともいえる「2025年問題」について話を聞いた。
(取材日2024年12月13日)
「川崎に恩返しがしたい」と訪問診療クリニックを開業
先生が医師をめざしたきっかけや、開業までの経緯を教えてください。

私は鹿児島県出身で、父が開業医でした。父はとても厳しかったのですが、患者さんに対してはとても優しく、患者さんの話を何時間でも聞くような医師で、地域の方々からとても信頼されていました。そんな父の後ろ姿を見ていると、自然と「医師になりたい」と考えるようになり医学部に進んだのです。循環器内科を専門分野に選んだのは、「全身管理をしたい」「倒れている人がいたら率先して助けられるようになりたい」と考えたから。大学病院を経て、開業前は川崎幸病院で経験を積んできました。
なぜ訪問診療に携わることになったのですか?
医師になって2年目に、アルバイトとして訪問診療を経験したことがありましたが、その時はまだ医師として未熟で十分に対応できませんでした。数年後、再び訪問診療を手伝うことになり、やってみると以前とはまったく違う印象で、余裕を持って診療を行えるようになっていたんです。循環器内科の現場では経験を積むごとに患者さんと接する時間が短くなっていきましたが、訪問診療は「医師として患者さんと接する喜び」を思い出させてくれました。そして続けるうちにだんだん楽しくなり、もっと本格的に訪問診療に携わりたいと考えるようになったんです。ゆくゆくは鹿児島県に帰るつもりでいたのですが、「その前にまず、一人前の医師に育ててもらった、川崎市の患者さんたちに恩返しをしなければ」と考えたのが開業の理由です。今はもう、川崎市の地域医療に医師としての人生をささげるつもりでいます。
では、こちらのクリニックの特徴を教えてください。

医師とスタッフは総勢で45人ほど。24時間365日医師が対応できることと、専門的な診療を行える点が大きな特徴です。私は循環器内科を専門としていますし、その他にも呼吸器内科、消化器内科、泌尿器科、皮膚科、精神科、ペインクリニックと、さまざまな分野の医師が在籍しています。例えば認知症の患者さんには精神科の、皮膚トラブルの多い寝たきりの患者さんには皮膚科の医師の診療が必要といったように、患者さんによって必要な診療は異なりますからね。地域のケアマネジャーさんや訪問看護ステーション、病院とも連携して活動しています。エリアは川崎区と幸区が中心で、施設より個人宅のほうが多いです。患者さんはご高齢の方がほとんどで、認知症や脳血管障害の後遺症で寝たきりの方、がんの終末期の方が多いですね。
大切なのは、患者や家族との信頼関係
診療する上で、大切にしていることを教えてください。

やはり患者さんとご家族の話をじっくり聞くこと、そして介護を担当されているご家族のことも含めて診ることですね。多くの方は今まで主治医の診療を受けられていて、通院ができなくなって訪問診療に切り替わることになったわけですから、私たちはそもそも「アウェイ」な立場。まず信頼関係をつくることを心がけています。開業当初はまだ私は30代で、「もっと年配の先生だと思っていた」と落胆されることもありましたので、早く信頼してもらえるようにと努力してきました。外来診療とは違って、在宅医療ではゆっくりと向き合ってお話をする時間がありますし、スタッフにも「よく話をするようにしよう」と伝えています。
患者さんだけでなく、そのご家族にもしっかりと向き合われているのですね。
もちろんです。例えば介護をされているご家族の体調が悪くて、対応がつらいようなことがあれば、気軽に相談してもらえるような関係性が理想です。ご自宅で介護するご家族は、不安だらけでしょう。その不安を取り除いてあげられるのは「どんなことでも連絡してください」という言葉だと思うんです。ご家族からのSOSに応えられるだけの環境と人員が当院にはそろっています。ご本人が「家にいたい」、ご家族が「家で介護したい」という気持ちを持っていらっしゃるうちは、できる限り希望に沿った支援をするのが私たちの使命だと思っているんです。
これまでに、印象に残っているエピソードなどはありますか?

川崎幸病院での勤務医時代、私が当直の時に心筋梗塞で運ばれてきて、カテーテル治療を行った患者さんがいらっしゃいました。その後、大腸がんが見つかり、計3回の開腹手術を行いながらも約8年間外来に通っていただきましたが、いよいよ通院が難しくなり「最期は、先生に看取ってほしい」と懇願されて訪問診療へ切り替えることになったのです。約半年間、ご自宅でご家族と過ごされ、患者さんの希望どおり最期をお看取りすることができたことが印象深いですね。私は今も週に半日だけ川崎幸病院の外来診療を継続していて、長くお付き合いしている患者さんも少なくありません。「家で看取ってほしい」と言ってくださる方も多く、それだけ信頼していただいている、必要とされているということだとありがたく感じます。実際に診療の現場で大変なことがあっても、患者さんのこのような言葉がうれしくて、私は訪問診療を続けているのでしょうね。
川崎市南部で医療をこまやかに提供し続けるために
ところで、院名の「あい」はどのような思いを込めてつけられたのですか?

愛情の「あい」であり、私の専門分野である循環器には心臓が含まれるのでその「ハート」ですね。というのは実は後づけでして(笑)。当時はまだ電話帳が普及していましたから、50音の「あ」から始まるものがいいなと思って響きで決めたんですよ。ですが改めて見ると、院名もロゴマークも当院の思いそのものです。真心を込めて愛情深く。この先も人と人の関係性を大切にした、丁寧な医療を提供していきたいです。
これからの展望についてお聞かせください。
まさにこれから、団塊の世代が75歳を迎える2025年に突入します。以前より「2025年問題」が取り上げられ私も注視してきましたが、川崎市南部では一人暮らしの高齢者の方がますます増えています。その中には、ケアマネジャーさんなど地域とのつながりがなかったり、訪問診療という方法があることを知らなかったりする方も多いのが実情です。私は、少なくとも当院の診療範囲である川崎市南部では、医療の届かない人がいないようにしたいと思っています。生活がままならないほどに具合が悪くなって、ようやく訪問診療にたどり着く患者さんもいらっしゃると思いますが、できればもう少し早く相談してほしいのです。地域の医療や福祉と連携しながら、スタッフ一丸となって「2025年問題」に取り組んでいきたいと思います。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。

まだ訪問診療を知らない方も多く、高齢の患者さんを抱えてお困りのご家庭も少なくないと思います。多くの方にぜひ「訪問診療」をもっと知っていただいて活用してほしいのです。薬を飲み忘れるなど、適切に服薬ができていない方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。患者さんの通院が難しくなり、診療を受けない間にどんどん状態が悪くなっていくケースも考えられます。当院では、高齢の方にも服用しやすいように薬はできるだけ簡素化するなど、きめ細かな配慮を心がけています。訪問診療は決してハードルが高いものではありません。訪問診療を上手に活用して、ご自宅で必要な医療をきちんと受け、患者さんもご家族も安心して過ごしていただきたいと願っています。