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平尾 清司 院長の独自取材記事

ひらお歯科医院

(大阪市港区/朝潮橋駅)

最終更新日:2022/02/03

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開業してまもなく丸19年を迎える「ひらお歯科医院」。クリニックは平尾清司院長の生まれ育った町にあり、大阪メトロ中央線・朝潮橋駅から徒歩4分の場所にある。自動車整備の町工場を営む平尾院長の実家がクリニックの近隣にあり、周りには昔なじみの高齢者の元気な姿がある。そんな高齢者の多くが患者として来院し、母校の小学校の学校歯科医を務めるなど地域歯科医療にまい進しているが、そこから見えてくるさまざまな課題に目をそらさず、果敢にチャレンジする姿勢が印象的に映った。歯科医師としてはもとより、平尾院長の明るい人柄が魅力的だ。港区歯科医師会副会長を務めるなど、歯科医療界に貢献し、地域医療の担い手でもある平尾院長に話を聞いた。

(取材日2018年9月6日)

人との出会いに導かれ、国内外で研鑽を積む

歯科医師をめざした経緯を聞かせてください。

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高校3年の時、進路希望調査があったのですが、進路がまったく定められなくて、担任の先生にとても苦労をかけました。「一生のことや、ちゃんと考えろ!」と一喝されて、同級生3人が集まって、一夜漬けで進路をアレコレ考えました。結局、医師をめざすと6年間学生でいられるという不純な動機から、「歯学部へ行こう!」となったわけです。結局、1浪して広島大学歯学部に入学。総合大学を選んだのは、他学部とも交流し、大学生活を満喫したかったからです。スポーツではラグビーに没頭し、練習と試合に明け暮れました。しかし、今度は卒業後の進路を決められずにいたところ、ラグビー部の顧問の先生から、徳島大学に面白い先生がいるから会ったらどうかと勧められました。それが人生のターニングポイントになりました。

大学卒業後はどのような道を歩まれましたか?

徳島大学の教授とお会いすると話がとんとん拍子に進み、徳島大学の大学院に進学しました。歯科保存学を専攻し、そこでも素晴らしい臨床の先生にめぐり会い、根管治療を学ぶことができたのです。当時学んだことは歯科医師としての財産になっています。大学院は3年で中退したのですが、将来のことを考え、故郷の大阪に帰ってきました。まず、東住吉区にある歯科医院で勤務医となりました。そのクリニックの本院の院長先生は小児歯科を専門とされていましたが、60歳を待たずセミリタイアし、トータル医療をめざす社会福祉法人を立ち上げられました。先生のバイタリティあふれる人間性にとても影響を受け、尊敬し、今も仲良くお付き合いさせていただいています。

ミャンマーでも歯科医療の経験があるそうですね。

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前述の院長とのご縁がきっかけとなり、日本の歯科技術を役立てようとミャンマーに2回渡航いたしました。東ヤンゴン市民病院にボランティア活動に行きました。朝の9時から午後4時まで同行した先生と100人の患者を診ないといけないというハードスケジュールです。「日本の技術をもつ歯医者さんが先進機器を持ってやって来た」という情報が広がり、住民が押し寄せたのです。私は関西弁と片言英語、付き添ってくれた先生はミャンマー語と片言英語、患者さんはミャンマー語のみという状況。どこが痛いのかもはっきりしないまま治療を始めたのです。ポータブル電源を駆使しての治療でした。それでも、何とかなるものです。現地スタッフとも心が通い合い、一生この国にいてもいいなと思うほど楽しく、かつ医療人としての原体験を経験することができ、現在の診療スタイルへ計り知れない影響を及ぼしています。本当に人との出会いに恵まれた人生だと感じています。

セミナーを開催し、地域医療の課題にアプローチ

地元大阪で開業されたのはいつですか?

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1999年12月14日です。ミャンマーで暮らすことも考えたのですが、結婚して子どもができ、生活力が必要になり開業しました。2軒隣が実家で自動車整備の町工場を営んでいます。生まれ育った場所に戻ったときはとても懐かしく、再び地域の人々と暮らしていくという覚悟をもちました。幸い母校の田中小学校の学校歯科医もさせてもらっています。勤務医時代は小児歯科の診療に力を入れていましたので、学校歯科医としてお役に立てることは非常にうれしいですね。患者さんは高齢者が多く、訪問診療にも出かけています。認知症の方も多くなり、診療時の姿勢を保っていただくことや、治療のためのコミュニケーションをとることも難しい場合があります。港区歯科医師会で地域医療を担当していることもありますので、改善策を講じていきたいと思っています。

小児診療を通じ、どのような問題を感じられていますか?

口呼吸が多いことが気になります。虫歯は昔に比べて減っていますが、家庭環境による2極化という社会問題が起こっています。市町村によって異なりますが、例えば、大阪市では0歳から18歳の3月まで、12歳以上は保護者の所得制限がありますが、この年齢を対象に「こども医療費助成制度」が適用され、1医療機関1日あたり最大の自己負担額が設定されますが、公的保険に加入していることが前提となります。しかし残念なことに、この制度から漏れてしまう子どもが出ています。貧困の問題も併せて制度を考えないと、子どもの虫歯治療もできなくなっています。また、子どもが柔らかいものばかりを食べている社会環境に起因する弊害も深刻です。

地域医療の発展のための取り組みを教えてください。

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地域の要請で、歯科医師会として老人会、福祉施設の介護職員さん、事業所のヘルパーさん等を対象に、お口の健康に関する講演会を開いています。高齢者の歯の磨き方指導、認知症予防のための講習会の講師もしています。また、この地域は保険診療が中心で、自費診療率は0.5%以下。自由診療では歯科素材にこだわって使うことができますが、当院から勧めることはありません。ただ、顎の発達に大きく関わる子どもの歯列矯正は重要だと感じていますので、保険診療でできるよう働きかけたいと思っています。

地域住民として、住みやすい町づくりに尽力

ご専門の根管治療について教えてください。

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根管治療は例えれば歯を保存するために、なくてはならない基礎工事のようなものと考えてください。まず、虫歯になった部分を削り取り、歯の神経のあるところまで穴をあけ、菌の侵入で変質した箇所をすべて除去します。さらに歯髄腔と根管の壁を少し削りながら、全体をきれいに清掃し、歯に開けた穴も補強し塞ぐという、大変細かな作業になり、技術を要する治療です。当院では治療方法をわかりやすく説明するためにアニメーションを使って理解していただいています。根管治療は治療に時間がかかりますので、患者さんに納得いただかないと治療を進められません。徳島大学大学院で専攻した歯科保存学の恩師の名に恥じないように、これからも根管治療に取り組みます。

先生のお話の中でアプローチの仕方が楽しいと聞きました。

私が所属する団体の内部広報紙の取材で、医療の話、地域の話などいろんなお話をしたのですが、プライベートなことに及び、つい日本酒が好きだと話したのです。すると、記事に「点滴は日本酒で」というタイトルがつき驚きましたが、急に飲み会の誘いが増え、団体あてに日本酒の差し入れが届くという笑い話のようなことがありました。人間味が感じられる雰囲気でないと、自由な意見を交わすことができません。記事を読んで、「面白いことを考えているな、話してみたいな」と思っていただけたならうれしいですね。

展望、メッセージなどをお願いします。

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この地域で、診療科を超えて医師や歯科医師、薬剤師、地域包括支援センターの人々と交流して、医療と介護の連携の強化ひいては地域包括ケアシステムの完成をめざして努力を続けています。同士のような関係性ができ、とても楽しいですよ。高齢化や少子化がもたらす医療の現状は厳しいものがありますが、どんな困難なことでも、「仲間と解決するんだ」という思いがあれば、事態は良い方向に向かうと信じています。歯科だけでなく、港区には優秀で熱心な医療人や介護人がそろっています。地域の皆さんの意見を伺いながら、老若男女、皆が住みやすい町にしたいと力を合わせています。明るい未来を描いて、頑張りたいですね。

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