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医療法人  中西整形外科

医療法人 中西整形外科

中西 啓介 院長

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愛知環状鉄道大門駅から徒歩10分、大門小学校の目の前にある「中西整形外科」。院長の中西啓介先生は、へき地診療などで研鑽を積んだ後、整形外科を専門とすることを決意。当時の経験を生かし、内科も含めた総合的な診療に取り組み続けてきた。取材を通して、クリニック開業までの研鑽の豊富さもさることながら、中西先生の「一人ひとりの患者さんを大切に、長く寄り添っていきたい」という思いの強さに、驚かされた。そんな中西先生が、医師を志したきっかけや整形外科を専門とした経緯、診療方針などさまざまな話を聞いた。
(取材日2017年9月29日)

医療システム構築に寄与したいと考え医師を志す

―先生が医師を志したきっかけからお聞かせください。

実は高校時代は、社会にとって有益なものづくりに関わりたいと考え、工学系を志望していたんです。転機となったのは、新聞に掲載されていた記事を目にしたことでした。忘れもしない、1972年の4月1日の新聞です。そこには自治医科大学設立構想が掲載されていました。「へき地医療は、従事する医師を養成するだけで成り立つものではない」、「通信網と電算機を利用して総合システムを創ることが必要で、そのモデルに自校がなる」という内容で、当時の私には新鮮で画期的なものとして目に映りました。何より、「へき地医療を支える総合的なシステム構築」は私のめざしていた「社会にとって有益なものづくり」そのものだと思ったのです。私が進む道はここにあるのではないか。そう考えて、自治医科大学に進むことを決めました。

―学生時代は充実したものだったのではないでしょうか?

入学当初はシステム構築への興味が強かったのですが、だんだんと変化していきました。母校では毎年、夏と冬の長期休暇中に三河地区の山間部や離島で研修を行うのですが、研修中はへき地医療に取り組む先輩とも交流があったんです。先輩たちは住民の方々と生活をともにし、深い人間関係を築いていました。その関係性や、私たち医学生の訪問も喜んでくれる住民の皆さんの反応を目にした後では、システム構築は単なる補助ツールに過ぎないと思えたのです。医療は人と人との交流の上に成り立つもの。多くの人との人間関係を作れる医師という職業に、純粋に楽しさを感じました。医師となった当初は、へき地での診療を続けるためにも、幅広い疾患に対応できる知識を身に付けること、今で言う「総合診療」をめざしたいと考え、研修先を選んでいきましたね。

―そんな中、整形外科を専門としたきっかけは何でしたか?

学生実習で目にした診療の光景ですね。診療所を訪れる患者さんの40%程度が、膝痛や腰痛などの整形外科疾患を訴えるにもかかわらず、整形外科の授業は3%程度。整形の知識不足を強く感じました。何でも相談できる相手として成長するためにも、しばらくは整形外科の経験を積もうと思ったのです。全科研修を終了した後、整形外科の医局に入りました。当時の整形外科部長は「専門性を持たなければ一人前とは認めない」という意見を持った先生でしたが、「それでは私は“総合整形外科”という専門性を持ちます」と言って、認めてもらいました。その後、自治医科大学卒業後の義務として、愛知県の指示に従って佐久島診療所、東栄病院、尾張病院、新城市民病院などに赴任しました。



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