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中西 啓介 院長の独自取材記事

中西整形外科

(岡崎市/大門駅)

最終更新日:2020/04/01

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愛知環状鉄道大門駅から徒歩10分、大門小学校の目の前にある「中西整形外科」。院長の中西啓介先生は、へき地診療などで研鑽を積んだ後、整形外科を専門とすることを決意。当時の経験を生かし、内科も含めた総合的な診療に取り組み続けてきた。取材を通して、クリニック開業までの研鑽の豊富さもさることながら、中西先生の「一人ひとりの患者さんを大切に、長く寄り添っていきたい」という思いの強さに、驚かされた。そんな中西先生が、医師を志したきっかけや整形外科を専門とした経緯、診療方針などさまざまな話を聞いた。
(取材日2017年9月29日)

医療システム構築に寄与したいと考え医師を志す

先生が医師を志したきっかけからお聞かせください。

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実は高校時代は、社会にとって有益なものづくりに関わりたいと考え、工学系を志望していたんです。転機となったのは、新聞に掲載されていた記事を目にしたことでした。忘れもしない、1972年の4月1日の新聞です。そこには自治医科大学設立構想が掲載されていました。「へき地医療は、従事する医師を養成するだけで成り立つものではない」、「通信網と電算機を利用して総合システムを創ることが必要で、そのモデルに自校がなる」という内容で、当時の私には新鮮で画期的なものとして目に映りました。何より、「へき地医療を支える総合的なシステム構築」は私のめざしていた「社会にとって有益なものづくり」そのものだと思ったのです。私が進む道はここにあるのではないか。そう考えて、自治医科大学に進むことを決めました。

学生時代は充実したものだったのではないでしょうか?

入学当初はシステム構築への興味が強かったのですが、だんだんと変化していきました。母校では毎年、夏と冬の長期休暇中に三河地区の山間部や離島で研修を行うのですが、研修中はへき地医療に取り組む先輩とも交流があったんです。先輩たちは住民の方々と生活をともにし、深い人間関係を築いていました。その関係性や、私たち医学生の訪問も喜んでくれる住民の皆さんの反応を目にした後では、システム構築は単なる補助ツールに過ぎないと思えたのです。医療は人と人との交流の上に成り立つもの。多くの人との人間関係を作れる医師という職業に、純粋に楽しさを感じました。医師となった当初は、へき地での診療を続けるためにも、幅広い疾患に対応できる知識を身に付けること、今で言う「総合診療」をめざしたいと考え、研修先を選んでいきましたね。

そんな中、整形外科を専門としたきっかけは何でしたか?

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学生実習で目にした診療の光景ですね。診療所を訪れる患者さんの40%程度が、膝痛や腰痛などの整形外科疾患を訴えるにもかかわらず、整形外科の授業は3%程度。整形の知識不足を強く感じました。何でも相談できる相手として成長するためにも、しばらくは整形外科の経験を積もうと思ったのです。全科研修を終了した後、整形外科の医局に入りました。当時の整形外科部長は「専門性を持たなければ一人前とは認めない」という意見を持った先生でしたが、「それでは私は“総合整形外科”という専門性を持ちます」と言って、認めてもらいました。その後、自治医科大学卒業後の義務として、愛知県の指示に従って佐久島診療所、東栄病院、尾張病院、新城市民病院などに赴任しました。

夢を実現し、次のステップへ

大学病院や総合病院でもご研鑽を積まれたそうですね。

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9年間の義務期間を終えた時、名大整形から骨軟部腫瘍の治療という整形外科の中でも特殊な診療に携わってくれないかと言う話が来たんです。私の将来像とは真逆の、超が付くほど専門性の高いものの話でしたが、整形全般の研修をしてきたことと、へき地診療で整形外科だけでなく一般内科の診療も行ってきたことが、声がかかるきっかけともなったのでしょう。骨軟部腫瘍の治療は、すべての運動器に発生する腫瘍を診る必要があり、かつ抗がん剤治療や末期管理など内科的な知識が必要ですから。これもまた良い経験になると思い、引き受けました。

愛知県立愛知病院(現・愛知県がんセンター愛知病院)では、実際に医療システムの構築にも携われたとか。

一宮市民病院に赴任した時期に、愛知病院に整形外科が新設される話を耳にしました。その時、これは私にとって大きなチャンスだと思ったんです。これまでの経験を生かして、医師を志したきっかけである医療システムを作ることに携わることができる。そう確信し、三河地区の骨軟部腫瘍治療とへき地支援のセンターを創立したいと考えたのです。運良く開設の数年前から医療環境の整備や、核となる看護師さんとの打ち合わせを重ねることができ、自分の思い描いた体制を整えることができました。良いスタッフにも恵まれて、忙しくも充実した毎日だったと思います。またへき地支援機構を立ち上げることができ、高校時代に目にした新聞記事に書かれていたような、へき地の診療所と愛知病院をつなぐテレビ会議システムも実現できました。

クリニック開業の経緯について教えてください。

その後の10年で整形外科においても、へき地医療においても、安心して次を託せる後継者ができ、達成感とともに愛知病院を離れました。ここは54歳の時に、改めて初心に戻ろうと思って始めたんです。これまでお付き合いのあった患者さんの話し相手になってのんびり過ごそうと思っていたのですが、持ち前の性格がわざわいして(笑)、忙しくなってしまいましたね。私は、医師という仕事はとても良い仕事だと思っていますよ。こうして自分がやりたいと思ったことを実現することができる仕事ですから。

日頃どのような患者さんが来院されますか?

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高齢者の方が中心で、変形性疾患やリウマチの方が多く来られます。また開業前から診てきた患者さん、スポーツ障害関連の患者さんもいますね。毎日多くの患者さんが来院されるため、限られた時間の中でも患者さんの話を聞き逃さないように、スタッフにも時間をかけて問診をとってもらい、その情報は電子カルテで共有し、スムーズな診療に生かしています。私は診療において専門を決めることはしていません。当院の診療方針は、整形外科の総合クリニックとして幅広い患者さんを診ることです。整形外科全般を診るということは、内科全般を診るということと同じくらい知識が必要と思っています。

これまでもこれからも、めざし続ける“総合”整形外科

幅広い経験があったからこそ、今の診療スタイルとなったのですね。

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そうですね。今後も変わらず、あえて専門はつくらない「整形外科の何でも屋さん」として、総合的な診療をめざしていきます。診療では腰痛や膝の痛みにも関連する、肥満や糖尿病、高血圧、高脂血症など相談にも乗っていますし、必要な場合には適切な紹介ができるようにしています。20年以上もの間患者さんを診てきて、運動器の衰えの予防がご自身だけではできなくなった方も増えました。また疾患によって回復に長期間かかるものもあります。そのような方々のために当院でも医療リハビリ施設を充実させていたのですが、それを介護でも補うべくデイケア施設、高次機能障害や言語障害に対応するためのデイサービス施設、訪問リハビリを併設することになりました。理学療法士や言語療法士、介護福祉士と協力し合いながら患者さんサポートしています。

今後の目標をお聞かせください。

現在まで診てきた患者さんをこれからも可能な限り、長くしっかりと診ていきたいですね。医療だけでなく介護の充実を図ったのも、今まで診ていた患者さんが年を重ね、主訴や病気の症状が変わってきても、寄り添っていけるようにするためです。また医療と介護の連携をうまくつなげる仕組みをつくり、医療と介護、双方の意見を生かし合いながらケア方針を統一することも重要です。医療で運動療法ができない患者さんはデイケアで運動してもらい、さらに必要な場合には管理栄養士による食事指導も行っています。治療開始時は投薬や手術を行ったとしても、最終的には患者さんが医療から離れることができれば一番良いですね。

最後にメッセージをお願いします。

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当院では疾患だけでなく、患者さんの生活そのものを見据えています。そして患者さんと家族の、これからの生活を支えるための充実した環境を用意しています。患者さんが自ら積極的に行動できるよう、薬だけに頼らず、運動療法や食事療法をうまく取り入れていきましょう。患者さんのサポートを通して今後も地域の医療に貢献していきたいですね。

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