医療法人社団慈友会 山田内科

医療法人社団慈友会 山田内科

山田 充院長

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地域の基幹病院との連携に力を入れ、患者と基幹病院との橋渡しの役割も担っている「医療法人社団慈友会 山田内科」の山田充院長は「糖尿病性腎症や腎性骨異栄養症といった合併症に配慮しながら治療する、高度な専門性が必要なのです」と語る。クリニックでの通院維持透析を勧められた患者の受け皿として、きめ細やかなサポートを行うほか、糖尿病、腎臓内科、血液内科といった専門性の高い外来でも、基幹病院からの紹介による診察とともに、病状に応じて地域の基幹病院への紹介も行っている。設備も十分に整った院内は快適性と安心感が抜群。健康診断の結果が心配な場合など、気軽に相談できるのもうれしい。ビル12階にあるクリニックを出ると、新横浜駅至近にありながら、景色の癒やしも準備されていた。(取材日2016年12月13日)

生き物と車が大好きだった少年時代

―子ども時代はどんなお子さんでしたか?

内弁慶でしたね。友達と外で遊んだりはあまりせず、1人で昆虫採集に行ったり、家の庭で三輪車を乗り回していました。体が弱くて、しょっちゅう風邪を引いている子どもでした。苦手科目は体育と音楽。中学生の頃は25mがなかなか泳げず、居残り組でした。動物が好きで、猫と鶏、文鳥に金魚などを飼っていました。あとは車のカタログ集めも趣味で、車種を憶えて、家の近所の甲州街道まで、よく車を眺めに出かけていました。生き物とメカが好きなところは、医師という職業に通じている気がします。

―医師になろうと思ったきっかけはなんですか?

父親が医師だったからです。といっても開業医ではなく、大学の医学部の教授でした。だから、特に医療を身近に感じていたというわけではありません。父が医師だと意識したのは1回だけでしたね。中学生の時、「足のかかとが痛む」と言ったら、父が勤めている病院へ連れて行ってくれた時です。結局、運動会の綱引きで頑張りすぎたのが原因の疲労骨折みたいなものでしたが。高校は私立の受験校で、3年生の時、自分も医学部を受けようと思い立ちました。勉強はそこそこできましたが、教科書は読まず、歴史ものの剣豪小説が好きでよく読んでいました。自分にないものへの憧れでしょうか。

―特に興味を持った専門科目はなんですか?

最初は神経内科が専門でした。脳のメカニズムに興味があったからです。精神科と間違われることが多いのですが、神経内科は精神的な問題からではなく、脳や脊髄、神経、筋肉に病気があり、体が不自由になる病気を扱います。私は大学で、脳の血液循環や脳梗塞を研究対象にしていました。ただ、私が学んだ頃は、CTスキャンやMRIがない時代だったので、脚の反射を見たりして、脳のどこに病気があるのかを当てるのが興味深かったですね。でも今は、画像を撮れば脳梗塞などは一目瞭然ですよね。もう出る幕がないと感じて(笑)、神経内科はやめてしまいました。



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