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ひいらぎこどもクリニック

植田 昭仁 院長

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愛知県半田市、幹線道路を1本入った住宅地に三角屋根が特徴の「ひいらぎこどもクリニック」がある。院内はおもちゃやぬいぐるみが少なく、小児科としては落ち着いた雰囲気。これには、「子どもの病気を治す病院として、責任感のある雰囲気にしたかった」という植田昭仁院長の思いが込められている。先生自身も子どもの頃にアレルギーや喘息で苦しんだ経験があり、同じ症状で苦しむ子どもたちを温かく支えてくれる。初めて担当した患者との思い出を話すときには、思わず涙ぐむほど患者思いの植田先生。注射や子どもたちへの対応の仕方も工夫している。そんな植田先生に、印象に残っている患者とのエピソードや、診療時に心がけていることを聞いた。
(取材日2017年1月26日)

担当した子どもとの出会いが小児科への道を決定づける

―先生が医師をめざしたのはどうしてですか?

人に「ありがとう」と言われる仕事がしたいと思っていたからです。でも、実は高校1年生までは、医師には絶対にならないと決めていました。というのも、僕の父は医師で、いつも忙しい生活を送っていたからです。僕が小さい頃、休みの日に遊びに連れて行ってもらっても、父は途中で病院から呼び出されていました。遊んでもらえない寂しさがあったんでしょうね。こんな大変な仕事はしたくないと親にも宣言してたんです。でも、高校2年生で進路を考える時期、真剣に将来について考えていると、人に感謝される仕事がしたいと思うようになりました。そこで思い浮かんだのが医師、もしくは教師でした。そして、子どもの頃から身近な存在だった医師をめざすことに決めました。

―小児科を選んだのはどんな理由からですか?

実習のときに受け持った子との出会いが大きいですね。僕が学生だった頃、5年目の途中から病院で実習を受けるようになりました。各診療科を順番に回っていくんですが、最初の時期に回ったのが小児科で、1人の難病の子どもを担当したんです。普通は実習が終わると次の科に行くんですが、僕は病院の許可をもらって、その後も週に数回この子の様子を見に行っていました。やがて卒業し、研修医になったときも、僕はそのまま小児科を選びました。そして、医師としてこの子の担当医になったんです。でも、その頃には症状が進行しており、コミュニケーションもできず寝たきり状態でした。受け持って10日ほどで亡くなりました。このとき、お母さんに「この子は先生に担当してもらうのを待っていたんじゃないか」と言われたのを20年たった今でも覚えています。つらい思い出ですが、この子との出会いが小児科一筋で歩んできた僕の原点ですね。

―貴院の設計でこだわった部分はありますか?

当院は三角屋根が特徴で、外観はインパクトがあるかもしれません。でも、ぬいぐるみやおもちゃはあまり置いていないですし、小児科にしては全体的に落ち着いた雰囲気ではないでしょうか。これには、命を預かる病院としての責任感を表したいという僕の思いが込められています。当院にやってくる子どもやお母さんは、病気を治したいと願っています。そのために訪れる場所なので、見た目も落ち着きがあって信頼できる雰囲気が良いかなと思ったんです。そうした思いがあるので、僕はいつも診察時には白衣を着ています。もちろん、白衣を着ていると、子どもたちは緊張するかもしれません。でも、顔の表情や治療の方法で、子どもたちの緊張をほぐすよう努めています。



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