社会医療法人大雄会 大雄会ルーセントクリニック

松本 義隆院長

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名古屋駅周辺のランドマークとして知られる「名古屋ルーセントタワー」。その3階にあるのが、開院10年を迎えた「大雄会ルーセントクリニック」だ。院長の松本義隆先生は、愛知医科大学卒業後、30年以上にわたって産婦人科の専門家として歩み続けてきたベテランドクターで、2006年に大学の同級生でもあった大雄会の伊藤伸一理事長からの誘いをもらい、同クリニックに勤務することになった。検診の際には、できるだけ丁寧な対話を心がけ、患者の気になる部分や不安に感じている部分をしっかりと把握するようにしているという松本院長。機械的になりがちな健康診断も、「一期一会」の気持ちを大切にしながら患者と向き合っている。そんな優しい人柄が魅力の松本院長に、クリニックの特徴や検診にかける思いを聞いた。
(取材日2017年7月1日)

命と向き合った研修医時代が医師としての原点に

―医師をめざしたきっかけを教えていただけますか?

自分の育った環境が大きいのではないかと思います。曽祖母、祖父母と同居していたこともあって、子どもの頃から誰かしらが病気になっているのを見てきました。具体的にどうしたいのかということまでは考えていませんでしたが、身近にいる病気の人に何かをしてあげたいという気持ちが、幼心にあったんでしょうね。学生時代には、遠い昔に祖父母に連れて行ってもらった愛知県になぜか惹かれる思いが強く、両親には本当に迷惑をかけましたが、地元から離れて愛知医科大学に進学させてもらいました。

―産婦人科の医師を選んだ理由はなぜですか?

最初は内科の医師をめざしていて、実際に内科で2年間の研修もしていました。その研修医時代は末期がんや重症の方を診ることが多くて、つらい治療に耐えて頑張っている患者さんからいろいろな話を聞かせてもらいました。ところが親しくさせてもらうようになったほとんどの方が、旅立ってしまう経験を何度もしました。当時はそれが精神的に本当につらかったんです。2年間の研修医が終わる時には、人の死とは対極にあるところに関わりたいという気持ちが強くなりました。もちろん、産婦人科でもつらい現実に直面することは多々ありますが、命の誕生に立ち会って患者さんに「おめでとうございます」と言葉をかけさせてもらえる産婦人科の仕事につけたことはうれしかったです。今は、2年間の研修医時代に、命について向き合って学べたのは自分にとってたいへん意味のあることだったと思っています。

―こちらのクリニックの院長になった経緯を教えていただけますか?

大雄会の理事長で、大雄会第一病院の院長でもある伊藤伸一先生とは、愛知医科大学の同級生なんです。彼は困っている人がいたら助けようというのが根本にある人で、震災などがあった時には率先して現地へ駆けつけていました。そういう彼の医師としての志を尊敬していたし、大好きな友人でもありましたから、このクリニックを開業することになって声をかけてもらったときには、力になりたいと思いました。それまでは、大阪市立大学の付属病院などで24年ほど勤務医をしていましたが、産婦人科の医師というのは休みもほとんどないし当直も多くて本当に激務なんですよね。若いうちはなんとかやっていけるけれども、年齢を重ねたらなかなか厳しいなと思うこともあったんですが、10年前に理事長から声がかかって、思い切って名古屋に来てみようということになりました。



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