三橋 洋治 理事長の独自取材記事
三橋仁美レディースクリニック
(大和郡山市/近鉄郡山駅)
最終更新日:2026/07/03
近鉄橿原線・近鉄郡山駅と大和路線・郡山駅のほぼ中間に位置する「三橋仁美レディースクリニック」。モダンな外観が目を引く同院では、不妊治療をはじめ、婦人科診療や更年期の悩み、内科診療まで幅広く対応している。大学病院で長年研鑽を積み、生殖医療の分野で経験を重ねてきた三橋洋治理事長は、現在も体外受精における卵子の培養から診療まで自ら携わり、一人ひとりの患者と真摯に向き合う。生命の誕生に魅せられ、生殖医療を追究してきた三橋理事長に、医師を志した原点や診療への思いについて話を聞いた。
(取材日2026年6月9日)
生命の誕生を見つめ続ける産婦人科医
まずは先生が医師を志し、産婦人科を選ばれた原点を教えてください。

私はもともと産婦人科医になりたくて医師をめざしました。小学校4年生の時に、理科の授業でアゲハチョウを育てる課題があり、庭のミカンの木についていた卵を見つけてきて、水槽の中で育てながら観察しました。卵から幼虫になり、さなぎになり、そしてチョウになって飛び立っていく。その過程を見て、「命とはなんて不思議で素晴らしいものなのだろう」と強く感じたのです。それが生命に興味を持った原点でした。将来は命に関わる仕事に就きたいと漠然と思うようになり、12歳年上の兄が医師になっていたこともあって、自分も医療の道へ進みたいと考えるようになりました。その中でも、命の誕生に直接関わることができるのは産婦人科だけ。新しい命が生まれる瞬間に立ち会えること、そして命の始まりに関われることに魅力を感じ、産婦人科医を志しました。
大学では当初、生殖医学ではなく腫瘍学を学ばれたそうですね。
希望に燃えて産婦人科へ入局したのですが、当時の教室では私がやりたかった生殖医学はほとんど行われていませんでした。教室のトップだったのは婦人科腫瘍学の分野で知られ、子宮頸がんの早期発見に役立つ細胞診の発展に貢献された教授の野田起一郎先生でした。教室に入った時に「君は何がやりたいのだ」と聞かれて、私は素直に「生殖生理をやりたいです。特に女性ホルモンのエストロゲンに興味があります」と答えました。するとたいへん驚かれましたが、「大学にはそういう人も必要だから頑張りなさい」と背中を押してくださいました。ただ、当時は生殖医療を指導してくださる先生がおられず、気がつけば腫瘍学を15年ほど学んでいました。それでも、その経験によって婦人科医としての土台が築かれたと思っています。
その後、生殖医療へ本格的に進まれた経緯を教えてください。

大きな転機になったのは、最初の教授が定年退官された後、日本での体外受精に成功された、生殖医療の分野で知られる星合昊先生が教授として着任されたことです。それまでずっと思い描いていた生殖医学の道がようやく開け、「やっと日の目を浴びた」という思いでしたね。その先生のもとで鍛えられながら専門性を磨き、その後は体外受精の分野で貢献するオーストラリアのメルボルン大学へ家族とともに1年間留学しました。留学先は、世界的に知られるオーストラリアウィメンズホスピタルのアレックス・ロパタ先生の教室です。日本からも数多くの医師が学びに訪れる環境で、生殖医療について集中的に研鑽を積みました。また、体外受精においてノーベル医学賞を受賞されたことで知られるエドワーズ博士や、婦人科内視鏡の発展に大きく貢献したビクター・ゴメル先生と交流する機会にも恵まれました。こうした経験が現在の診療の礎になっています。
対病気ではなく、対人間の医療を
先生の不妊治療の特徴について教えてください。

当時は今のように培養士がおらず、医師自身が卵子の培養なども行っていました。その流れもあって、現在も培養を含めてできる限り自分の目で確認しながら診療を行っています。クリニックのスタッフとして勤務する娘たちにも手伝ってもらっていますが、診察だけでなく卵子の状態も自分で見て、患者さんには自分の言葉でお伝えすることを大切にしています。一般的には分業で進めることが多いと思いますが、私は診療から採卵、培養まで一連の流れを把握したいとの思いから、採卵処置や培養業務は外来診療後の夜間に行っています。効率だけを考えれば違う方法もあるのでしょうが、患者さん一人ひとりと向き合いながら、自分が納得できる形で医療を提供したいという気持ちで続けています。
診療の際に大切にしていることは何ですか?
一番大切にしているのは「患者さん目線」です。自分が患者さんだったら何を望むか、何が安心につながるかを常に考えています。当院では電子カルテを県下のクリニックでも早い段階で導入しました。しかし、今も紙カルテを併用しています。電子カルテは検査結果などを管理するには便利ですが、どうしても画面を見る時間が増えてしまいます。私は患者さんの顔を見ながら話を聞きたいのです。そのため、診察の際に感じたことや患者さんの様子は紙カルテにも記録しています。また院内処方も続けています。薬剤管理の手間はかかりますが、患者さんが別の場所へ薬を受け取りに行く負担を減らせますし、費用面での負担も軽くなりますからね。さらに漢方薬も活用しながら、その方の状態に応じた提案を心がけています。通り一遍ではなく、一人ひとりを包み込むような医療をめざしています。
不妊治療や婦人科診療では、心のケアも重視されているそうですね。

近年は、心に大きなストレスを抱えている方が増えているように感じます。婦人科の不調や更年期症状、不妊の悩みも、体だけの問題ではなく心の状態が大きく関わっていることがあります。不妊治療も単に妊娠をめざすだけではなく、「子どもができないかもしれない」という不安や焦りに向き合う必要があります。あまり自分を追い込み過ぎると、かえって心身のバランスを崩してしまうこともありますので、私はいつも気持ちにゆとりを持ってほしいとお話ししています。また更年期症状についても、年齢による変化だけでなく、家庭や仕事などを含めた背景まで考えることが大切です。病気だけを見るのではなく、その人自身を見る医療をしたいですね。当院では有資格者の娘がカウンセリングにも関わっており、患者さんが安心して相談できる環境づくりにも力を入れています。
「来て良かった」と思えるクリニックに
改めて、クリニック開院と継承の経緯を教えてください。

当院は、妻が2000年に開院しました。当時の私は大学病院で勤務を続けており、しばらくは妻が1人で診療していました。妻はもともと内科医でしたが、一度子育てのために医療の現場を離れた後、婦人科医として再び診療に携わるようになったのです。女性の婦人科医がまだ少ない時代だったこともあり、多くの患者さんが来院されていました。また、妻の父は大和郡山で早くから開業していた医師の一人で、この地域とのご縁も深いのです。私は恩師の退官を機に大学を離れ、妻のクリニックに合流しました。その後、妻が亡くなってからも名前を変えずに引き継ぎ、現在に至っています。地域の皆さんに支えられながら続いてきたクリニックだと思っています。
ご家族とのエピソードや、先生ご自身についても教えてください。
私は大学で30年ほど勤務していましたが、当時は非常に忙しく、家に帰れるのは週に1~2回程度という生活でした。娘たちから「また来てね」と言われたこともありましたね。そのような環境でも家族との絆が続いてきたのは、妻のおかげだと思っています。現在は元中学理科教員の長女と薬剤師の次女がクリニックを支えてくれており、本当にありがたいです。趣味らしい趣味はあまりありませんが、写真を撮ったり旅行に出かけたりするのは好きですね。家族に支えられながら、こうして診療を続けられていることを幸せに感じています。
今後、どのようなクリニックでありたいとお考えですか?

私は昔から、病気だけを診るのではなく、その人自身を診る医療を大切にしてきました。不妊治療でも更年期症状でも、その背景には家庭や仕事、人間関係などさまざまな要因があります。ですから、症状だけを追うのではなく、その方の話をしっかり聞いて向き合うことが大切だと考えています。また、当院では医療脱毛も導入していますが、それは当院看護師が施術を通して患者さんとコミュニケーションを取る機会にもなっています。スタッフも含めて患者さんと心を通わせ、ここへ来ると安心できる、相談して良かったと思っていただける場所でありたいですね。これからも地域に根差しながら、患者さんにとって心のよりどころになれるクリニックをめざしていきたいです。
自由診療費用の目安
自由診療とは医療脱毛/両脇5000円~

