医療法人社団弘知会 わざクリニック

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和座 一弘院長

頼れるドクター

134404

馬橋駅から2分。「わざクリニック」は、小児科、内科、胃腸科を診療科目に掲げる地域密着型のクリニックだ。和座一弘院長は、国内でもかなり早い時期に家庭医療学を体系だてて研究し、なおかつ米国においても家庭医療学を、特に健康についてはじめに相談する医療機関として「プライマリケア」の観点から深く学んできた。そのため、親子で来院して子どもの風邪を診てもらったその場で、親のほうの体調の相談もできる、などのような融通の利く治療も届けられているのだそう。「かかりつけ医」としての愛情の深い話を聞いた。
(取材日2017年6月24日)

これからはプライマリケア、と聞いて家庭医を志す

―医師になったきっかけを、教えてください。

私が小学生の時に医学部在学中の大学生だった、おじがきっかけです。おじは今も整形外科の医師をしていますが。そのおじが家に遊びに来るたびに、父親や母親は、体や健康のことについてあれこれ聞くんです。それで、安心した顔になる。こんなにも人に頼りにされるっていいなと思ったんです。そのイメージを持ったまま、私も新潟大学医学部に進学しました。おじの姿を見ていたから、組織の中で特定の分野を究めるよりは、いわゆる「町のお医者さん」に憧れていたのですが、その思いがさらに強まったのは、学部時代の学園祭で聞いた高名な日野原先生の講演でした。講演を聴いたのは1980年代のはじめですが、引退されて100歳を越えても現役でいらっしゃったその先生が、「21世紀は地域の中で患者に近い存在としての診療を行う、プライマリケアの時代になる」と情熱的におっしゃっていたんです。その通りだ、と感じました。

―大学卒業後は、家庭医(総合医)育成プログラムを持つ自治医科大学で、研修医をされています。

自治医科大学の地域医療学教室に研修医第1号として入らせてもらいました。さきほどの先生の講演と前後して、同じ新潟大学の出身で自治医科大学で教えていらした教授の地域医療にまつわる講演も聞き、感銘を受けていたんです。当時は、まだ総合医なんて言葉もない時期で、大学の個別の教室として家庭医を育成するカリキュラムを組んでいたのも自治医科大学ぐらいだったのではなかったのかな。若い私の気持ちに応えてくださる先生が多くて、本当に実りのある修業時代を過ごさせてもらいました。

―その後、アメリカでも家庭医療学を学ばれた後、自治医科大学で診療、研究、教育にあたられていますね。

アメリカでは、患者と面談する研修医の姿を指導医師が見て、アドバイスをする時の「あの時はこう言えば良かったのではないか」というフィードバックの具体性に驚きましたね。しかも、指導医師がアドバイスをしている姿を見て、さらに「その指導の仕方で良いかどうか」までアドバイスする立場の医師がいました。当時、日本から見たら進んでいる部分も多かったアメリカの家庭医のやり方を見られて、勉強になったんです。帰国後は、若い医師を指導しながら、大いに刺激をもらいました。「家庭医」というものをめざすなら、その頃には自治医科大学をはじめ数校しか受け入れてもらえる医局はないという中に来てくれている若い医師たちだったのですね。だからこそ、モチベーションの部分ですごく良いものを持っているんです。夜遅くまで、本当にいろんな医療談義を交わし合ったものでした。今、そこで学んだ彼らは全国各地で活躍してくれていますよ。

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