用賀クリニック

用賀クリニック

川崎浩司 院長

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田園都市線用賀駅より徒歩3分と、アクセス至便な立地の「用賀クリニック」。1997年の開院以来、小児科専門医である川崎浩司院長の温かい人柄と確かな診療で地域住民から頼りにされ続けている。待合室には子どもが大好きなキャラクターのおもちゃやたくさんの絵本が並び、子どもたちの不安な気持ちを和らげる心遣いが伝わってくる。取材にお邪魔した昼の休憩時にも「子供の熱が下がらないんです」「調子が悪いので、どうしても診てもらいたい」と、患者が次々と訪れ、にこやかに対応していた川崎院長。午前最後の患者を送り出し一息ついたところで、患者との印象深いエピソードや子どもたち、子育て中の親たちに向けた小児科医としての思いの一端を伺った。
(取材日2012年8月1日)

20年以上、小児科専門医として取り組む

―開院の経緯を教えてください。

私は埼玉医科大学を卒業しまして、その後埼玉大学の総合医療センターの小児科で研修を受けました。小児科専門医の資格を取得した後も助手として勤務を続けていました。専門は、呼吸器ですが、一般小児診療のほかに、新生児を担当し、当時は大学病院で不妊治療を受けていた方の、多胎出産による未熟児が増えていたので、その対応で緊迫した日々を過ごしていたのを思い出します。帝王切開で、わずか400グラムで生まれた赤ちゃんが無事に退院し、数年後に元気に来院する姿には、感動を覚えました。命を救えたこともありますし、重症で障害が残るという厳しいケースもありました。どんなときにもご家族にお子さんの状況や治療方法をご理解いただくように、丁寧に説明するのが医師としての責任だと心に刻みました。さまざまな症例で経験を積み、1997年に生まれ育った用賀に戻り当院を開業したのです。

―医師になられたきっかけは?

父が小児科医師なので、その影響はあります。加えて、人と付き合うのが好きで、人を相手にする仕事なら自分に向いているし、何か人の役に立つ仕事がしたいと考えたことも理由です。父は以前から用賀で開院していて「そろそろ年齢的につらいから帰ってきてほしい」と言われたのをきっかけに、決心して大学病院から戻って来ました。しかし、「一緒に診療すると、ぶつかることになるのではないか」と知人からアドバイスを受けた父が、親子で一緒にやらないほうがいいと思い直し、父とは別に私ひとりで当院をスタートさせることになったんです。まだ30代半ばでしたから、少し距離を置きながらも父を頼りにしてきました。経験が豊富で、考えていることの量が全然違うので、必要なときにはアドバイスを求めます。その父は頑張って医院を続けていましたが、ついに去年医院を閉じました。

―こちらの地域の患者さんの特徴はありますか?

お母さんたちは非常によく勉強していらして、感心します。ワクチンに関してや症例についての細かな質問もよく受けます。また、ネットで見たからと、非常にまれな疾患を疑ってくる方もいますね。診察して、まずは重症か、緊急性がないかを判断し投薬を中心に治療します。毎日熱心に来られたり、すぐに熱が下がらないとまた来られたり。そんなに焦ることはないとお話しても、不安に思うお母さんの気持ちもよくわかりますので、できるだけ詳しく病状を説明し、お子さんには「頑張って薬を飲もうね。水分はちゃんととろうね。何かあったらお母さんに言うんだよ」と声をかけています。

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