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満尾 雅彦 院長の独自取材記事

みつお産婦人科

(霧島市/隼人駅)

最終更新日:2023/02/01

満尾雅彦院長 みつお産婦人科 main

国道223号沿いに位置する「みつお産婦人科」。同院を2000年に開院した満尾雅彦院長は、1日10キロのランニングを欠かさず、50歳を超えてフルマラソンを走り、トライアスロンにもチャレンジするスポーツマン。祖母の代からお産に関わる家庭で育った。産婦人科の少なかった霧島市で「お産や女性の一生の健康をサポートできる医院として受け皿となりたい」と地域医療に尽力している。また、医院以外にも産後ケアハウスの運営にも力を注いでいるという。そんな20年以上も地域に密着して診療を続けている満尾院長に、これまでの道のりとこれからの展望について話を聞いた。

(取材日2022年10月21日)

数少ない産婦人科の医師として、地域の医療に貢献する

開院して20年以上がたちますね。

満尾雅彦院長 みつお産婦人科1

そうですね。当院は2000年の1月に開院しました。それまで父も鹿児島市内で産婦人科を開院していたんですが、1994年に他界。私の国家試験の3日前のことでした。私自身、大学病院に入局して研修中だったため、いったんそちらは閉院するという形になったんです。ただ、父を知る患者さんや、いろいろな方の思いがあって、それに後押しされるように、いつかは開院したいという気持ちが芽生えました。その後、開院の地に霧島市を選んだのは、義理の兄が霧島市で内科の医師をしていて、「これから、この地域は若いファミリー層が多くなり、お産も増えるだろう」という話を聞き、地域の医療のために役に立てるのではないかと思ったからです。

なぜ、医師という職業を選んだのでしょうか?

祖母が助産院をしていたり、父は産婦人科の医師だったり、医療に携わる家庭に育ったからか、自然と医師をめざしていました。もちろん、なりたい職業が変わることもあり、一時は“警察官になりたい”と思ったこともあったんです。父は反対しませんでしたが、文系と理系の選択時に、文系を選ぼうとしたら「そんなに医者は嫌か」と言われまして。今なりたいのは警察官だからと話をすると「理系からも警察官にはなれるぞ」と言われたんです。確かに理系から警察官をめざす同級生もいたので、では理系に進もうかなと決断したのが岐路でしたね。理系に行くと、周りに医師志望が多くなり、そこで出会った友人に「継ぐべき家があるのなら継いだほうがいい」と説得されたんです。考えてみれば、医師という仕事はポジティブで、使命感もある。そこで目標を定めました。

最初から産婦人科の医師をめざしていたのですか?

満尾雅彦院長 みつお産婦人科2

はい。でも、もちろん迷うこともありました。大学病院時代、子どもの白血病患者さんが多く、みんな懸命に病気と向き合っていました。その姿を目の当たりにし、「この子たちを救いたいな」という思いが強くなり、大学を卒業する頃は小児科の医師になりたいと思っていたんですよ。ところが、それを父に相談すると「産婦人科でも出生などを見届けるから、近いことができる」と言われて「なるほど」と思い、産婦人科をめざすことになりました。産婦人科はお産に関わるので、時間問わずに働きますし、大変ではあります。でも特殊な科だと思うんですよね。「ありがとう」と「おめでとう」にあふれる現場なので、やりがいもひとしおだと感じています。

思春期から出産、老年期まで女性の人生をサポートする

医院の特徴を教えてください。

満尾雅彦院長 みつお産婦人科3

産科に特化するだけでなく、婦人科の受け皿も作りたいという思いで、両方対応できるようにしました。女性の思春期から、出産、更年期の悩みまで対応しています。そのように、関わった方の一生をずっと診させていただきたいと思っているんです。開院してから20年以上もたてば、ここで取り上げた赤ちゃんが、今度は母となって来院することもあります。父の医院での妊婦さんだった方が、お子さんを連れていらっしゃるなど、世代をわたって来ていただいている方もいるんですよ。

対応している診療内容について教えてください。

産科では、専門の医師による超音波検査で、おなかの中の赤ちゃんも診察します。また、妊娠中から産後までサポートできるように、助産師による相談も受けつけています。経験豊富な助産師が相談に応じますので、初めての妊娠で不安な方も安心して出産を迎えられるようにしていますよ。婦人科では不妊症検査や治療に始まり、更年期や月経のトラブルにも対応します。さらに、加齢や出産で衰えた骨盤底筋による尿失禁などに対するお悩み相談にも対応しています。子宮筋腫や子宮内膜症についても、安易に手術と決めつけずに、他の治療方法も提案できますので、患者さんと一緒に最適な方向を探っていければと考えています。思春期から老年期まで女性の人生を支えていくことを理想としていて、エイジングケアなど肌の美容のご相談も受けつけていますよ。

産科だけでなく、婦人科にも力を入れているとのことですが、最近増えている相談はありますか?

満尾雅彦院長 みつお産婦人科4

やっぱり子宮がんの予備軍が多いですね。子宮頸がんワクチンがあるのですが、日本では10年くらい普及率に進歩がないんです。つまり、子宮がんが増えたのではなく、減っていないんですね。世界的には減少傾向なのに、日本では減らないんです。若い方でなる方も増えていて、一般的に異常が見つかるのは大体、妊娠のタイミングです。必ずがん検診をしますので、そこでわかるんですね。また、自覚症状もあまりなく、早期発見することが難しいんですよ。出血があったとしても、その段階ではだいぶ進行してしまっていることがほとんど。ただ、子宮がんの場合は他のがんと比べて、細胞の異常が見つけやすいので、がんになる前に手が打てますから、定期的に検診を受けることが大切です。一番はまずワクチンを打つことをお勧めしたいです。

我慢することなく、気軽に相談できるように

医院とは別に先生の取り組みとして産後ケアハウスの運営もされているそうですね。

満尾雅彦院長 みつお産婦人科5

はい。お産の後、マタニティブルーなどで体調を崩された方には、産婦人科としてのケアをこれまでも行っていました。しかし、専門的ではなく、ある程度の期間で終わってしまうので、どうにかしたいと思っていました。最初は医院を軌道に乗せるのが優先で、なかなか動き出せなかったのですが、地域の皆さんにも認知していただけるようになり、スタッフも成熟してきたので、2017年にそろそろ産後ケアハウスを開設できるのではと思いました。また、ちょうどその時に日本産婦人科学会から、過去10年間で63人の方が産後うつで自殺をしていたと聞き、これはやるしかないと決断に至りました。お母さん方にとにかく休んでもらいたい、という思いで開設しましたので、利用された方から「楽になった」と言っていただけたら、うれしいですね。

忙しい中でどのようにリフレッシュされていますか?

つい先日も東京のハーフマラソンに参加してきました。新型コロナウイルス感染症の流行前はフルマラソンの大会に4回出場したことも。今も1日10キロくらいは走っていて、もう部活って言われています(笑)。でも走っている時は何も考えないので、頭の中がスッキリして、いい息抜きになるんですよね。患者さんもそうやってため込まないことが大切だと思うんです。医院には私ではなくても、助産師であったり、誰かがいるので、悩みを話してください。それだけで楽になったりしますからね。患者さんはみんな我慢してしまいがちです。だから私は、そのコップの水が満杯になる前に手を差し伸べることができたら、と思ってきました。ただ話すだけでも構いません。ぜひお気軽に来院してください。

今後の展望を聞かせてください。

満尾雅彦院長 みつお産婦人科6

現在は開院当初から「患者さんのために」と考えていたことをかなえられていると感じています。そのため、これからも長く続けていきたいですね。産婦人科も減っていますし、医院がなくなるのが患者さんにとって大変なデメリットだと思います。今は霧島市の女性と赤ちゃんを笑顔にしたいという思い一つです。若い方だと子育てや育児の問題が出てきますよね。そこから先もさまざまな悩みが尽きないと思います。そんな方の話を聞いたり、治療をすることで、笑顔で帰ってもらえるようにしたいですね。今はいろいろな薬が出ているので、適切に治療をすれば、更年期の症状もある程度は軽減が期待できます。我慢しないで早めに相談に来ていただきたいと思います。

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