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桑田 文彦 先生の独自取材記事

さとう耳鼻咽喉科

(京都市中京区/二条駅)

最終更新日:2021/10/12

桑田文彦先生 さとう耳鼻咽喉科 main

二条駅から伸びる京都らしい風情を残した大通り沿いにある、白がベースの洗練された外観が印象的なクリニックが「さとう耳鼻咽喉科」だ。1999年に佐藤佳代子院長が立ち上げたクリニックで、2021年4月より息子の桑田文彦先生が日々の診療にあたっている。現在は同院での診療を担いながらも京都大学での研究に加え、佐藤院長の故郷である大阪府能勢町のクリニックでも週2日診療。多忙な毎日を送りながらも自然体でスムーズに診療を行う桑田先生に、クリニックを引き継いだ思いや地域の患者へのメッセージなど話を聞いた。

(取材日2021年7月7日)

大学での専門的な研究から地域のかかりつけ医の道へ

先生は2021年4月からこちらのクリニックで診療をされているそうですね。

桑田文彦先生 さとう耳鼻咽喉科1

以前は院長である私の母が診療を行っていたのですが、私は京都大学大学院医学研究科に在籍していた2019年頃から週2ほど診療を手伝っておりました。母が体調を崩し休むことになったので、突然でしたが息子である私が診療を引き継ぐことになりました。母は回復したら月に数回は診療に戻って来たいと言っていますが、いずれは私をこのクリニックの後継者にしようと思って移転とリニューアルをしてくれておりましたので、これからは私が支えていかないとと思っています。母が体調を崩した時、私はちょうど京都大学大学院医学研究科に在籍していたため、幸いにも外来や手術の数を多くは担当しておりませんでしたので、何とか大学院での研究とクリニックでの診療の時間のやりくりができました。当院での診療をストップすることなく続けることができたので、良かったなと思っています。

大学では何を研究されていたのでしょうか。

主に嗅覚を研究しており、嗅覚の専門的な診療も担当させていただいておりました。耳鼻咽喉科領域の中で嗅覚の分野を専門にする耳鼻咽喉科医は多くないと思うのですが、新型コロナウイルス感染症がはやりだしてからは、嗅覚異常についても注目されるようになりました。嗅覚障害は一般的に風邪やインフルエンザといった感冒後に現れる方もいますし、慢性副鼻腔炎や好酸球性副鼻腔炎を含む慢性疾患や、頭部外傷や開頭手術などによる神経障害によって起こることもあります。意外と誰でも起こりうる障害なのですが、患うと生活の質にも関わってきますし、頭蓋底腫瘍や鼻腔腫瘍などの重篤な疾患が潜んでいる場合もありますので、適切な診断と治療が必要です。当院では専門的な診療は行っておらず、一般耳鼻咽喉科の診察になるのですが、専門的な診療が必要な方には適切な病院にご紹介したいと思っています。

研究に診療に、お忙しい毎日を送っていらっしゃるのですね。

桑田文彦先生 さとう耳鼻咽喉科2

今でも京都大学医学部附属病院に客員研究員として籍を置いていますので、研究と外来診療の一部を続けています。大学での業務のほか、母親の故郷である大阪府豊能郡能勢町にも「さとうクリニック」という耳鼻咽喉科を開業しており、そちらでは水曜と土曜の午後に診察をしていますので、大学での研究ができるのは仕事が終わった夜になりますが、できるだけ続けていきたいと思っています。なかなか休みが取れずハードな毎日ですが、母は無医村の地域をなくしたいという思いでへき地医療の問題に取り組んでおりましたし、私ももともとは研究というよりも実地臨床がしたくて医師を志したので、今は多くの患者さんと接することができる臨床現場に出られることにやりがいを感じております。

専門家への風通しの良い医療ができるクリニックに

先生が医者を志されたきっかけと、耳鼻咽喉科を選ばれた理由を教えていただけますか。

桑田文彦先生 さとう耳鼻咽喉科3

漠然と専門資格が必要な専門職に就きたいと考えていましたし、両親が医師であったことも影響を受けてこの道を選びました。大学は岩手医科大学医学部に進学し、専攻を選ぶ段階になって、どの科にしようかとても迷いました。両親ともに耳鼻咽喉科だったので最初は同じ道を選ぶことを敬遠していましたし、当時父親が岩手医科大学で教鞭を執っていたので、父の後について勉強するのもちょっとやりにくいなと思っていました。学生実習を経験していく中で、漠然と外科医になりたいと考えるようになり、考えている時に父親と将来について相談する機会があり、深夜まで話して突き詰めた結果、やっぱり耳鼻咽喉科が自分には向いているんじゃないかという結論になったんです。

実際に耳鼻咽喉科の医師となってみて、いかがですか。

母が開業したクリニックをこうして引き継ぐことができたし、良かったなと思います。今でこそ二条駅の周辺にはクリニックがたくさんできていますが、開業当時は東西線が通ったばかりだったので、この辺りは診療所が少なかったと聞いています。耳鼻咽喉科ですが、その他の症状も診てほしいということがよくあったようです。耳鼻咽喉科は耳、鼻、喉に関する身近な疾患を診ることができる分野ですし、今は春の花粉症や梅雨時のめまいなど、季節性の症状で困っている方もたくさんいらっしゃいますから、まさに地域に住む人にとって相談しやすい場所なのではないかと思います。これからも安心して当院にかかってもらえるよう、耳鼻咽喉科の医師としてもっと貢献していきたいと思っています。

先生の診療のポリシーをお聞かせください。

桑田文彦先生 さとう耳鼻咽喉科4

大学で研究を続けてはいますが、そもそも医師になったのは患者さんの診療がしたかったからなので、患者さんの役に立てる存在になれたらと思っています。耳鼻咽喉科の分野は、がんの疾患が隠れていることもありますし、これまで京都大学医学部附属病院や神戸市立医療センター中央市民病院で勤務していた時に鍛えられた経験があるので、クリニックでも疾患を見逃さない診療をしたいですね。また、大きな病院で勤めていたことで、専門科のネットワークがあることも私の強みだと考えています。この症状にはあの先生が技術をお持ちだと判断でき、適切にご紹介できるなど、強みを生かした診療を患者さんに提供できるようにしたいですね。

耳、鼻、喉で困ったら何でも相談してもらいたい

先生は小さい頃はどんなお子さんだったのでしょうか。

桑田文彦先生 さとう耳鼻咽喉科5

未熟児で生まれ虚弱体質の子どもだったと聞いています。病気がちで高校生まで食が細く、友達とファストフード店などに行っても一人前食べられませんでしたね。大学生になってからは体力をつけるため、水泳部とオーケストラ部をかけ持ちしたりして。岩手の大学でしたが、その頃には盛岡冷麺を一人前食べられるようになっていました。あと、バイオリンをやっていたので音楽が好きで、学生時代はよくライブやフェスにも行っていました。耳鼻咽喉科の医師は聴覚や音声を専門にする影響か、音楽鑑賞や楽器演奏が好きだったり、ボイストレーニングに通っている人も多いように感じます。私の母ももともとはピアノの道をめざしていたと聞きましたし、音楽は常に身近にあるように思います。もちろん、味覚も嗅覚も専門に扱っているので、耳鼻咽喉科の医師には美食家やワイン通が多い印象も受けますね。ちなみに、私は嗅覚診療・研究を通じてウイスキー通に成長しました。

地域の患者さんにメッセージをお願いします。

耳、鼻、喉でお困りの際は、自己判断せずにとりあえずクリニックに来てほしいですね。例えば、耳掃除も家でするよりも、耳鼻咽喉科で掃除してもらったほうがいいんですよ。私たちが小さい頃はお母さんに綿棒で耳掃除をしてもらうのが普通でしたが、綿棒は逆に耳垢を中に押し込んでしまうので使わないほうがいいというのが今のスタンダードになりつつあります。耳掃除に限らず、季節性のお悩みもあるでしょうから、どんな些細なことでも気になることがあれば相談してもらえたらと思います。

最後に、今後の目標をお聞かせください。

桑田文彦先生 さとう耳鼻咽喉科6

まだ当院に来て半年もたっておらず、バタバタしている状況なので、早く落ち着いて診療ができるように身の周りのことを整えていきたいと思っています。いずれは当院でも、私が専門としている嗅覚の専門的な診療を開始したいと思っているのですが、専門的な機器の準備が必要になるので、追々準備できたらという感じです。母が立ち上げてくれたクリニックでこれからも地域の患者さんに貢献ができるよう、日々の診療にまい進していきたいですね。

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