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宗定伸 院長の独自取材記事

あすなろ整形外科クリニック

(横浜市都筑区/センター南駅)

最終更新日:2021/10/12

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病院の入口を入ると受付の前に通路があり、その先にある待ち合い室のドアを開けると、開放的な空間。4階という高さと壁一面の大きな窓から見える素晴らしい眺望は、何時間でも過ごしたくなるくらい、患者をリラックスさせてくれます。「整形外科ですから、まず駅に近いこと。そしてこの広々とした感じ。そういう所は病院のセオリーよりも優先したかったんです。」と語る、あすなろ整形外科クリニック院長の宗定伸先生にお話を伺いました。

(取材日2006年12月20日)

典型的昭和30年代の子供時代

子供の頃のお話しを聞かせてください。

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現在のイメージだとビックリされちゃうんですけど、小学校低学年まで今の青山大学の正門の斜向いに住んでいて、その後小学校高学年の頃、原宿のキディランドの裏に引っ越しました。昔はなんてことない普通の街だったんです。今の国連とか子供の城あたりはぜーんぶ都電の車庫だったんですよ。昼間、電車は全て出はらってますから、子供からすると遊び放題の空き地なんです。そこで走り回ったり、廃屋になった事務所みたいなのがあって、そこが基地ね(笑)。その屋根裏に入っちゃって、梁を踏み外して落っこちちゃうみたいな。未だに覚えていますけど、夏休みの昆虫採集で採れなかったのは「オニヤンマ」くらいですよ。ですから、もうほんとうに昭和30年代の普通の子供が普通に遊ぶ事を全部やれる土地でしたね。

思春期の頃はどうでしたか?

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音楽の好きな友達がいて、そいつが僕の最初の音楽の先生だったんです。まずは「モーツアルトのクラリネット五重奏」。すごいインパクトがありましたね。その次に教わったのがカーペンターズ。そしてビートルズとか。中学に入ってからは、レコード屋さんと知り合いになったので安く買えたんですよ。ジャンルにかかわらず音楽を聞き倒しましたね。で、普通の男の子はだんだんウルサイのを買うわけですよ。最初がピンク・フロイド「原子心母」。オーケストラと共演していたので、クラッシックを聞く耳で聴ける音楽だったんです。話しが細かすぎて申し訳ないんですけど、原子心母の一番最後の所でバイクが走り抜けるんですよ。右から左に。そこで初めてステレオっていうのを実感しましたね。それからプログレッシブロックと呼ばれるELP、キング・クリムゾン。自分達でバンドやろうぜって話しになってくると、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、ジェフ・ベック、エリック・クラプトン。70年代に初めてクラプトンが日本にやってきて、ライブに行ってノックダウンされちゃったんです。「このギター、一人でやってたんだあ!」ってすっごい感動しましたよ。なんて言っていると、ただのロック少年みたいになっちゃうけど。本当の僕にとっての音楽のアイドルは、マイルス・デイビスとエリック・クラプトンとグレン・グールド。あとヒッチコックとクリント・イーストウッドを混ぜたいですねー(笑)。男ならああ生きたいよなー。音楽以外では、アマチュア無線クラブに入っていました。実際に無線をやっているんじゃなくて、今でいうICですよね。基盤を作ってそこに埋め込んでいく。ラジオっていうと分かりやすいと思うんですけど。友達で一人すごいブレーンがいたんです。彼が設計をして、僕らは肉体労働を担当。それでコンピューターを作ったんです。NECが家庭用のコンピューターPC8001っていうのを1980年か81年に初めて出したんですけど、その5年前くらいですよね。それがね、箱の高さが1メートル半くらいあって、それが電源(笑)。で、この壁一面を占めるようにいろんな基盤を作ってはめ込んでいって、やっとできたのが1+1=2(笑)。

やった事に対する満足感、達成感っていうのはものすごいんです。

その時はお医者さんになるっていうのは考えていなかったのですか?

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思っていなかったですね。父親が内科の開業医だったので親からすれば「お前は医者」って感じだったと思うんですけど、当時は工業デザインの仕事がしたかったんです。ギリギリ高3まで抵抗していました。でも、結局医者を目指したのは、単純に反抗期みたいなものが過ぎて、親の気持が少しは想像できるようになったのかもしれないですね。でも最終的にはやっぱり反抗して(笑)内科ではなくて整形外科に。自分が好きになれる対象が内科じゃなかったんです。これはよく言うんですけど「プラモデルを作るのが好きな子供がそのまま大人になって医者になると、整形外科医になる」。例えばバキバキに骨が折れた人がいて、それをきちんと組み合わせてピシっとはめて。レントゲンとったら、骨折線が全然見えない。これはもう「やったー!」(笑)。ちゃんと患者さんが治って、前のように生活できるようになるかは、医者の腕次第なんですよ。だから、やった事に対する満足感、達成感っていうのはものすごいんです。

お医者さんになられてからの話しを聞かせてください。

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大学が東海大学だったんですが、大学病病院とは言っても、外傷がすごく多い病院だったので、毎日が救急車との戦いでした。でも、怪我というのは原因はやっぱりアクシデントで、どうしようもないっていう事もあるわけです。それに対して病気というのはよくするも悪くするも医者という部分がある。整形の代表的な病気っていうのはリウマチで、興味があって勉強したかった所に、たまたま大学の時の助教授がリウマチセンタ−の教授になって誘ってくれたんです。東京女子医大で5年間、朝から晩までずーっとリウマチの患者さん。それがすっごい勉強になりましたね。教科書に書いてあるのは、一番普通の例はこれっていう事だけなんです。本当は一人一人あまりにも違う病気なので、それぞれにあった治療が必要な病気なんです。あと、薬の副作用っていうのがどれだけ怖いかっていうのを実感しました。副作用一つで治療の流れって全然変わってしまうので、それをいかにきちんと管理してコントロールする事が重要かっていう事を初めて知りました。さらに、女子医大っていうブランドがあるので、患者さんが全国から来るんですよ。逆に言うと、家の近くに見てくれる所がないってことですよね。だから「自分の家の近くである程度の所までちゃんと見てくれる医者がいる」っていうのが一つの夢というか目標になりました。

医学よりも医術をしっかりとできるっていうのが、自分に合っているんだと思います。

そしていよいよ開業されたのですね。

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やっぱり自分が医者をやっていく上での設計図はありますね。大学では、学問と教育と診療の3つすべてが要求されるんです。でも、スーパーマンじゃないから、全部OKっていうのは本当に厳しいんです。ですからだんだん自分の中でどこが中心になっていくのかなって考えてると、やっぱり医者なんだから診療だって思うんですね。医学って言葉がありますけど、学問っていろんな人を最大公約数で括って初めて学問っていうのが出てくるわけですよね。でも人間って一人一人違うわけですから、括りにくい学問が医学なんですよ。だから、僕は医学よりも、医療の技術、医術をしっかりとできるっていうのが、自分に合っているんだな思います。ずっと大学にいて、がんばって出世しますっていうのが自分のゴールっていうイメージはなかったです。どこかで開業して自分のできる医術をちゃんと提供できる場所を作りたかったという事ですね。

今、目指しているのはどんな所でしょう?

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リウマチっていうのは、いまはまだ手術が必要なんです。でもそのタイミングが重要で、その辺をちゃんと見ることができる、専門的に慣れている先生でなければ難しいんですよね。だから、外科と内科と混ざったリウマチセンターで勉強できたっていうのはすごく大きい。僕ら外科医としてはやっぱり薬っていうのが一番弱点。でも、リウマチセンターなら、薬の事で何かあるとすぐに内科の先生に相談できて、勉強できる。で、逆に内科の先生からすると、手術っていう時にすぐに相談してもらえる。お互いに勉強できないと偏っちゃうと思うんです。ひたすら薬は飲んでいるけれど、レントゲン見るとボロボロだったり。逆に手術はしているけど、生半可な薬の使い方をしていたりとか、バランスがとりにくい。なるべくそこがちゃんと均等になるような形は維持していきたいですね。だからリウマチセンターに誘ってくれた先生にはすごく感謝しています。
でも、開業するという事は、医学的な知識を増やすっていう部分に関して、どうしてもブレ−キになるんです。だから僕の場合は、今でも大学の籍は残して、月に1回外来を続けていて、少しでも置いていかれないようにしています。それでも「どんどん新しい事を取り入れて、常に最先端をやっています」っていうのは難しいですよね。
でも、開業すると手術はしなくなっちゃうけど、まだそこに治療手段として薬と装具と運動(リハビリ)、この3つの大きな武器を持っているんですよ。「整形内科」っていう表現をよくするんですけど、この3つの柱は最大限フルに活用したいですね。

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