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浪越 建男 院長の独自取材記事

浪越歯科医院

(三豊市/詫間駅)

最終更新日:2023/03/14

浪越建男院長 浪越歯科医院 main

穏やかな瀬戸の海に面し、その温暖な気候から「太陽の町」とも称される三豊市仁尾町に浪越歯科医院はある。浪越建男院長が1994年に開業し、以来約30年、歯科衛生士らと手を取り合って患者に寄り添う歯科診療所だ。浪越院長は子どもたちのむし歯を減らそうと、市内一円の保育園や幼稚園、小中学校でフッ化物洗口を実施。地元・父母ヶ浜の埋め立て計画が決まった際には、住民を代表し反対の声を上げた。近年は随筆家としても活躍し、初のエッセイ本を出版するなど年々活動の場を広げている。自身の知識や技術を最大限に生かし、「誰もが自分の歯でおいしいものを食べ続けられるようにしたい」と語る浪越院長。その胸に秘められた想いを聞いた。

(取材日2023年2月9日)

むし歯の予防と歯周処置、メインテナンスを根底に

これまでのご経歴を伺いたいです。

浪越建男院長 浪越歯科医院1

歯学部としては、日本で最後に創設された長崎大学歯学部の卒業生です。まだ若く、自由な雰囲気にあふれたこの場所で、私は一人の教授からフッ化物を応用したむし歯の予防の重要性を教えられました。治療に終始するのではなく、その根本的な原因へ、「上流へ向かえ」と。しかし、その頃の歯科界隈は治療を重視する考え方が中心で、私も予防に傾倒することはありませんでした。大学院修了後は、当時まだ一般的でなかった歯科用金属アレルギーの研究・臨床を行い、1994年に生まれ育った仁尾町で歯科診療所を開業。やがて義歯ばかり作る日々を送るようになって、「なぜこんなに歯を失ってしまうんだろう」と思い始めたんです。学校歯科医を務める小学校でも、むし歯を持つ子どもたちをたくさん見ていました。そこで思い出したのが、かつての恩師の言葉です。上流へ向かおう。今いる環境で、予防に最大限の力を尽くそうと決意しました。

この頃から、歯周病の治療にも力を入れ始めたそうですね。

歯周処置に関してはまだ教育が確立されていない時代でしたので、さまざまな勉強会に出かけながら知識や技術を補うという状況でした。そんな時、ある有名な先生の下で歯科衛生士が施した歯周処置の症例を見て、衝撃を受けたんです。歯科衛生士の手で、ここまで歯周病のコントロールができるのかと。そこから歯科衛生士の育成を前提に、むし歯の予防、歯周処置、メインテナンスを根底に据えた診療体制へと転換を図りました。開業から3年目のことです。ただし初めはなかなか理解を得られず、悩ましい日々を送りましたね。主任を務めていた歯科衛生士には、「先生、私たちには無理だと思います」と言われてしまいました。それでも、歯科衛生士たちの目標となる人物を招いた院内セミナーなどを継続するうちに、少しずつ全員の意識が変わっていったんです。直談判に訪れた彼女も、今では勤続25年を超えました。

子どもたちのむし歯を減らす活動を続けられています。

浪越建男院長 浪越歯科医院2

予防に力を入れるようになってから、まずは未来を担う子どもたちの歯を守ることが最優先課題だと考えて、町内全域の保育園や幼稚園、小中学校での集団的フッ化物洗口を提案しました。もともと水道水にはフッ素が含まれていますが、これを適正な濃度に調整し日常的に摂取することで、むし歯になりにくくするシステムを作ろうと考えたんです。この手法は水道水フロリデーションと呼ばれ、世界的にもむし歯の予防に効果があると認められています。加えて、月に一度は歯科衛生士が昼休みに学校を訪れ、ブラッシングを指導するようにしました。1・4・6年生に対しては全員の口腔内写真を撮影し、口の健康ノートを作らせて一つ一つにコメントを残しました。こうした活動が身を結んだのか、2011年には6年生51人が永久歯カリエスフリーを達成。むし歯がとても少ない小学校へと生まれ変わったんです。

質の高い院内感染防止対策を徹底

診療所のこだわりを教えてください。

浪越建男院長 浪越歯科医院3

3つ、こだわったポイントがあります。1つはスペースの確保です。待合室はかつての長崎大学病院と寸分違わぬスペース配分に。診療室はスタッフの動きやすい広さを意識しました。2つ目は換気システムの充実です。当時の設計士とは別に、高層ビルなどの換気システムを手がける設計士を呼んで、常に新鮮な空気が流れる環境をつくりました。3つ目は院内感染防止対策です。一般的な歯科診療所や、大学病院をも超えるような標準予防対策をめざしました。水や唾液を吸うバキュームや、洗浄・乾燥をするスリーウェイシリンジは持ち手まで交換しますし、医療用グローブは患者さんごとに新品を装着します。スリッパの手洗いなども、開業初日から今日まで行っていますね。こうした対策を徹底してきたおかげで、コロナ禍に入っても新たな対策はほぼ必要ありませんでした。さらにプラズマ滅菌器をはじめとした、消毒・滅菌設備も充実させています。

現在の患者層はいかがでしょう。

7割程度の方が、町外にお住まいの患者さんです。世代はご高齢の方と働き世代の方が半々くらいでしょうか。どんな主訴においても、必ずむし歯と歯周病の予防・コントロールをベースにした歯科治療を提供しています。予防においては、歯科衛生士の確かな力量が必要不可欠です。現在は6人の歯科衛生士が在籍していますが、それぞれが担当の患者さんを持ち、全身管理も含めて患者さんにしっかりと寄り添っています。私はそのサポート役です。かつて、黄金時代を築いたあるアメリカの球団には、コアフォーと呼ばれる4人の優れた選手が存在していました。今、私の歯科診療所にはこの往時の球団のように、コアと呼べる頼もしい歯科衛生士がそろっていると感じます。

歯科医師として、思い出深いエピソードはありますか?

浪越建男院長 浪越歯科医院4

フッ化物洗口を実施していた小学校の卒業生が、診療所までやってきたことがあります。彼女は国際線のキャビンアテンダントの試験に合格し、海外へ行くことが決まっていたそうなんですが、その出発前に「先生のおかげでむし歯になりませんでした」とお礼を言いに来てくれたんです。頭を下げて出て行く彼女を送り出しながら、ああ、彼女はこれからも大丈夫だろうと思った瞬間、胸が熱くなりました。フッ化物洗口は町内からスタートしましたが、市内全域で実施するまでには20年の歳月を要したんです。市内全域での実施が決まった時には、私の後ろ姿をずっと見てきた歯科衛生士たちも「本当によかったです」と祝福してくれました。これも胸を揺さぶられたエピソードです。

故郷の自然を愛し、守り、言葉を紡ぐ

父母ヶ浜の環境保護に携わられたと聞きました。

浪越建男院長 浪越歯科医院5

歯科診療所のすぐそばに、父母ヶ浜という海岸があります。干潮時にはウユニ塩湖のような写真が撮影できることから、近年若者を中心に人気を集めるスポットです。実は2001年に、この海岸の一部を埋め立てる話が持ち上がりました。地元住民はまったくこの事実を知らされておらず、気づいた時には着手寸前まで話が進んでいたんです。一度埋め立ててしまえば、貴重な干潟の生態系に大きな影響が出ることは明らかでしたので、私は地元の有志とともに父母海岸を守る会を立ち上げ、大学の教授に生物学的調査を依頼し、計画を阻止するために奔走しました。地元新聞社が大々的にこの活動を取り上げてくれたこともあってか、現在も埋め立ては行われていません。しかし、毎日浜へ訪れてごみの清掃を続けていると、少しずつ海面が上昇していると感じます。地球温暖化です。今ある景色は永遠ではありませんが、美しい浜の風景をできる限り残したいと思っています。

随筆家としても活躍されています。

地元の新聞の文芸欄に投稿したことがきっかけで、歯科業界紙で随筆を連載させていただきました。1年間の予定が好評で2年に延び、2019年には書き下ろし8編を加えて初の随筆集を出版。現在も歯科医療従事者に向けたウェブサイトでコラムを執筆しています。日々の診療に加えて、原稿執筆、趣味の椿の世話と、忙しくも楽しい日々を送っていますよ。椿の花は開業当初から診療所の周りで世話を続けており、今では200種類以上の花が咲きます。「もしもし椿屋さんですか」と尋ねる電話がかかってきたこともありました。椿は一輪で咲く姿も、集い咲く姿も美しい。そんなところが好きです。

最後に、先生のモットーを伺いたいです。

浪越建男院長 浪越歯科医院6

与えられた環境で、自分にできることを最大限やり遂げる。その努力をするということです。患者さんが一本でも多くご自分の歯を残し、そしておいしいものを長く食べ続けられるよう、これからも長年苦楽をともにしてきた歯科衛生士たちと手を取り合って、患者さんから信頼される歯科診療所をつくっていけたらと思います。

※歯科分野の記事に関しては、歯科技工士法に基づき記事の作成・情報提供をしております。
マウスピース型装置を用いた矯正については、効果・効能に関して個人差があるため、必ず歯科医師の十分な説明を受け同意のもと行うようにお願いいたします。

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