久原医院

久原医院

久原 毅院長

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阪急箕面線箕面駅から徒歩3分ほど、明るいれんが色の洋風建築が見えてくる。5年前に開業の地である隣駅の牧落駅前から移転してリニューアルされたが、戦前から続いている数少ない医院のひとつである「久原医院」である。0歳から100歳まで内科外科を問わず幅広く対応し、地域のかかりつけ医として近隣住民から信頼されている久原毅(くはら・たけし)院長は、気さくで飾り気のない人柄、はっきりとした語り口とにこやかな笑顔でとても話しやすい。2010年から3代目院長として地域医療に力を尽くす気概や、患者との強固な信頼関係を保つ秘訣などについて、久原院長に聞いた。
(取材日2017年10月10日)

小さい頃から身近だった開業医

―医師を夢見たのはなぜですか?

父も母も箕面出身で自宅も近くにありましたので、幼少の頃よりしばしば住宅兼診療所である久原医院に遊びに来ていました。母の入院中などは「たけ坊」の愛称で呼ばれながら(笑)、先代院長である叔父の家に長期間預けられたりしていました。そんな私はわんぱく坊主でよく風邪をひいたり骨折をしたり。その度に久原医院で診てもらい、ついでに当時の医院の暗くてきつい階段を駆け上がり、こたつを囲んでミカンやおかきを頬張っていました。箕面市がまだ箕面村だった頃からある当院ですが、今思うと、こんな町医者ならぬ「村医者」が私の原風景だったのかなと思います。そして、久原家が岡山県の津山藩医を代々務めた医家系だったことも無関係ではなかったと思います。いつの間にか「僕も病気やケガを治せるお医者さんになりたい」という気持ちになっていました。

―実際に京都大学を志望したいきさつを教えてください。

医学部への思いがあったとはいえ、現実はどちらかといえば英語や国語、日本史など文系科目が好きで、理系科目の物理や化学では点数があまり取れませんでした。でも実は医学部は文系科目の配点も高いのですね。医師といっても、理系に近い基礎研究者のような医学者もいれば、文系に近い臨床家もいるからだと思います。そこで理科を半ば諦め英語や国語を頑張ったのですが、中学高校の同級生からは今でも「よく合格できたなあ!」と冷やかされていますよ(笑)。もちろん親元を離れて自由な学生生活を楽しみたいという思いも強かったので、最終的に京都を選びました。

―学生生活はいかがでしたか?

大学周辺は、美しい自然と深い歴史に包まれ、モラトリアムを過ごすに良かったと思います。部活は硬式テニス部に所属、大会にレギュラーメンバーで出場し、みんなに応援してもらいながら辛勝した吹雪の中での戦い、意識がもうろうとしながら戦った炎天下での死闘、など思い出深いです。当時の大学は今よりもずっと自由で、「授業に出るも出ないも本人次第=自己責任」でした。しかし、周りには優秀な学生が多くて、普段は遊んでいるように見えても試験になるとしっかりと良い成績を取るのです。それで私もクラブ活動などで授業には出なくても、試験前だけはしっかり勉強していました 。

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