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久原 毅 院長の独自取材記事

久原医院

(箕面市/箕面駅)

最終更新日:2019/08/28

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阪急箕面線箕面駅から徒歩3分ほど、明るいれんが色の洋風建築が見えてくる。5年前に開業の地である隣駅の牧落駅前から移転してリニューアルされたが、戦前から続いている数少ない医院のひとつである「久原医院」である。0歳から100歳まで内科外科を問わず幅広く対応し、地域のかかりつけ医として近隣住民から信頼されている久原毅(くはら・たけし)院長は、気さくで飾り気のない人柄、はっきりとした語り口とにこやかな笑顔でとても話しやすい。2010年から3代目院長として地域医療に力を尽くす気概や、患者との強固な信頼関係を保つ秘訣などについて、久原院長に聞いた。
(取材日2017年10月10日)

小さい頃から身近だった開業医

医師を夢見たのはなぜですか?

父も母も箕面出身で自宅も近くにありましたので、幼少の頃よりしばしば住宅兼診療所である久原医院に遊びに来ていました。母の入院中などは「たけ坊」の愛称で呼ばれながら(笑)、先代院長である叔父の家に長期間預けられたりしていました。そんな私はわんぱく坊主でよく風邪をひいたり骨折をしたり。その度に久原医院で診てもらい、ついでに当時の医院の暗くてきつい階段を駆け上がり、こたつを囲んでミカンやおかきを頬張っていました。箕面市がまだ箕面村だった頃からある当院ですが、今思うと、こんな町医者ならぬ「村医者」が私の原風景だったのかなと思います。そして、久原家が岡山県の津山藩医を代々務めた医家系だったことも無関係ではなかったと思います。いつの間にか「僕も病気やケガを治せるお医者さんになりたい」という気持ちになっていました。

実際に京都大学を志望したいきさつを教えてください。

医学部への思いがあったとはいえ、現実はどちらかといえば英語や国語、日本史など文系科目が好きで、理系科目の物理や化学では点数があまり取れませんでした。でも実は医学部は文系科目の配点も高いのですね。医師といっても、理系に近い基礎研究者のような医学者もいれば、文系に近い臨床家もいるからだと思います。そこで理科を半ば諦め英語や国語を頑張ったのですが、中学高校の同級生からは今でも「よく合格できたなあ!」と冷やかされていますよ(笑)。もちろん親元を離れて自由な学生生活を楽しみたいという思いも強かったので、最終的に京都を選びました。

学生生活はいかがでしたか?

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大学周辺は、美しい自然と深い歴史に包まれ、モラトリアムを過ごすに良かったと思います。部活は硬式テニス部に所属、大会にレギュラーメンバーで出場し、みんなに応援してもらいながら辛勝した吹雪の中での戦い、意識がもうろうとしながら戦った炎天下での死闘、など思い出深いです。当時の大学は今よりもずっと自由で、「授業に出るも出ないも本人次第=自己責任」でした。しかし、周りには優秀な学生が多くて、普段は遊んでいるように見えても試験になるとしっかりと良い成績を取るのです。それで私もクラブ活動などで授業には出なくても、試験前だけはしっかり勉強していました 。

最初の研修先での厳しい経験が今に生きている

研修医として勤務してみての印象はいかがでしたか?

手先もある程度は器用だと思っていましたし、何よりもダイナミックかつ繊細な開腹手術に単純に憧れていた私は、迷うことなく研修医として京都大学医学部外科学教室に入局しました。今思えばこの時期が一番ハードな時期でした。中でも移植外科では科が立ち上がったばかりの時だった上に、特に小児の肝移植は手術だけでも12時間、さらに術後は移植肝の血流が悪いと再手術ということもあって、緊張感が強く細心の術後管理が必要でした。その忙しさは尋常ではなく土日も昼夜もなし、下宿はすぐ近くなのに連日の病院泊まりでした。学生時代、体力には自信があったのですが、社会人としての持久力は別のものだと痛感しました。このように最初に厳しく鍛えられたのは、後々とても良かったと思います。

以後、勤務医師として働いたことで得たものはどんなことですか?

市中病院の勤務、なかでも和歌山日赤医療センターの時は、県最大の病院で県下全域から患者さんが集まるので、本当にさまざまな手術症例を体験できた充実した日々でした。術前術後管理では多くの内科疾患を経験し、腹部エコーや胃・大腸カメラなどさまざまな検査手技も学びました。大学院では膵臓再生をテーマに研究しましたが、その過程で「考え尽くす」ということを学びました。それ以外は当直アルバイトの生活でした。救急の現場には自分以外に医師はおらず、さまざまな疾患を何とか診なければなりません。当院では、専門の医療機関と連携しながらも、まずはなんでも気軽に相談に乗るジェネラリスト、いわばよろず屋として総合的に対応していますが、このような一つ一つの経験が今に生きていると思います。

開業に至る経緯はどのようなものでしたか?

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久原医院も当初はアルバイト先の一つでした。私のわんぱく小僧だったころを知っておられる当院歴50年の患者さんの前では、最初は気恥ずかしかったですね(笑)。1年間ほど勤務したところで先代が体調を崩され、決断を迫られました。都会のように多くの患者さんが次々と出入りするわけではありませんが、当院の待合室ではおじいちゃんおばあちゃんから小さいお子さんまで、時には一緒になってワイワイ盛り上がっています。こんな古き良き時代が残る小さな診療所の「村医者」として、私どもを頼ってくださる患者さんたちのために尽くしていくことが、これからの自分の使命だと感じて、医院を引き継ぐことに決めました。

今後も患者に寄り添いながら伝統ある医院を守っていく

先生の休みの過ごし方を教えてください。

昼休みは週に1回くらい時間を見つけてテニスをしています。往診や医師会理事の雑務も多いのですが、時間が取れるときにはランニングコースとしてお気に入りなのが箕面の滝道です。休日は晴れた日には子どもと一緒に走ったりして体を動かすことが多く、雨が降れば趣味の将棋をさしたり小説を読んだりしています。もちろん学会や研究会などへもできるだけ参加して、常に新しい情報を取り入れるようにしています。最近は認知症の方がとても多くなり、その勉強をしているうちに発達障害、うつ病などの精神医学の世界にも興味が広がっています。「手術手技を追究し、悪性腫瘍と闘う外科」、「血圧・糖尿・コレステロールなどを薬で治す内科」とは全く異質な「心の病とその治療」を面白く感じています。

久原医院独自の特徴とは何でしょうか?

当院には多種多彩な症状の方が来られるので、それに応じてさまざまな薬を処方します。薬剤師も院内におりますので、幼児の水薬、粉薬から高齢者の一包化まで幅広い年齢層に柔軟に対応しています。また、漢方薬も処方しておりますので、西洋薬だけでは対応困難なさまざまな要望に応えられます。以下はほんの一例ですが、「痛み、しびれ、冷え、むくみ、倦怠、食欲不振」などなど、より日常生活に密着した些細な訴えにも有効です。また、漢方はエビデンスが乏しいとの指摘もありますが、その人の虚実証をきちんと見極めればよく効くと思います。このように幼児から漢方までお薬の選択肢が豊富で、さらに院内でお薬をお渡しできるのが、当院の特徴だと思います。

心がけていることは何でしょうか?

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一人一人に姿勢を正し、初心を忘れず丁寧な診療を続けていくだけです。特に患者さんとの会話の中では、日常生活など患者さんの背景をも知るようにしています。しばしば病気に無関係な雑談にも発展しますが、その中にはいろいろと発見があり、私のほうが患者さんから学ばせていただくこともたくさんあります。1930年に始まる老舗医院なので、何世代にもわたる患者さんも多数おられます。私も、祖父から代々築きあげられてきた信用をしっかり引き継ぎ、幼い頃から慣れ親しんできた暖かい土地柄の箕面の地で、地道に診療を重ねることにやりがいと責任を感じる日々です。

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