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医療法人 笠原小児科

笠原 道雄 副院長

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阪急箕面線の牧落駅から線路沿いに南へ徒歩約5分、落ち着いた住宅地の一角に「笠原小児科」がある。2016年に新築移転したクリニックで、1階に8台分の専用駐車場と広い駐輪場が用意されているので、車や自転車でも快適にアクセスできる。院内はゆとりのスペースが確保され、空と雲を描いた天井、キッズスペースなど、子どもたちが喜ぶ工夫が光る。1946年開院という歴史を持ち、現在は笠原勝院長が小児科、内科、笠原道雄副院長が小児科、アレルギー科の診療にあたっている。笠原副院長に診療のにおけるこだわりや、地域に根差した医院としての意気込みを語ってもらった。
(取材日2018年2月19日)

救急対応の小児科病院で、あらゆる症状・疾患に対応

―先生のお祖母さまが開業されたそうですね。

現在の場所から少し離れた場所でおよそ70年前に開業し、その後、1964年に祖母、1987年には父が加わり、現在は父と僕で診療しています。うちは医師の家系で、当初は大阪市内で開業していたようです。ところが空襲で診療所が焼けて、ご縁をいただいて箕面に移転開業しました。

―そういう環境なら医師を志すのも自然ですね。

周りは医師ばかりだったので、ごく自然に自分も医師になるのだろうなと考えていました。学校の夏休み中などはずっと診察に来た子どもさんの声を聞いていたし、診療室に入って仕事風景もよく見ていました。患者さんが描いた父の似顔絵を見て、漠然と医師っていい仕事だなと思ったこともあります。もっとも父から医師を勧められた記憶はなく、熱心に勧めてくれたのは祖父でした。亡くなる際の最期の言葉も「医師になってほしい」でした。

―専門は家業の医院のことを考えて小児科を選ばれたのですか?

家が小児科の医院だったということ、父に対する憧れの気持ちがあったことは確かに小児科を選んだ理由です。それに加えて、いつも子どもが周りにいる環境で育ったせいか、大人になっても子どもと接することに苦手意識がまったくなく、むしろ親しみを感じていたので、迷わず小児科を選びました。アレルギーを専門的に学ぶようになったのは、大阪市内の病院でアレルギー外来の医師をやってみないかというお話をいただいたことがきっかけです。実は、息子が生後6ヵ月のときに牛乳のアレルギーショックを起こして搬送されたことがあり、アレルギーについて学んでいた下地もあったので、お引き受けしました。

―勤務医時代に集中して学ばれたことは何ですか?

長く勤めた病院が国内でも救急搬送の多い病院でした。深刻な症状で担ぎ込まれるお子さんも多く、ハードな毎日でしたね。しかし、圧倒的な数の症例を経験でき、病院とクリニックの医療連携についても学ぶことができたので、開業医として独立する前にしっかり鍛えられたと思います。



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