坂口内科

坂口 康一院長

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近鉄大阪線・河内山本駅から徒歩15分。古くから住宅街の一角にある「坂口内科」は、およそ半世紀にわたり八尾の人々の健康を見守り続けてきた、いわゆる「町の診療所」だ。「患者さんから信頼される医師になることが、かかりつけ医の理想」と語るのは2代目院長にあたる坂口康一先生。穏やかな語り口と、どこかしらユーモラスな雰囲気は、患者の緊張をほぐしてくれそうだ。日々新たな医療知識を取り入れ、慢心することなく患者と向き合っている。すでに患者層も先代院長時代の患者から、その子や孫世代に移りつつあり、昔話や地域のことなど気さくな世間話を入口に、それぞれの患者の体調を温かい目で診察している。坂口院長に地域医療の最前線を担う「かかりつけ医」の役割についてじっくりと話を聞いた。
(取材日2018年5月14日)

およそ半世紀にわたり地域の人々を見守る診療所

―こちらの診療所はいつから開院されているのでしょうか。

大阪で世界博覧会が開催された1970年からです。私の父は九州の出身ですが、祖父母が大阪に住んでおりましたので、ゆかりのある大阪に引っ越してきて開業しました。ちょうど目の前に小学校もあるので、子どもたちやその親御さんなど医療を必要としている人が多いだろうとのことで、この地で開院したと聞いております。当時の私は5歳。九州から越してきて、前の小学校にあった桜の花が美しく咲いていたことを鮮明に覚えております。その日から職住一体のこの診療所に住み、翌年からは私も前の小学校に通いました。ですので、生まれは九州ですが、私の記憶は八尾の桜から始まっています。

―院長の医師としての経歴を教えてください。

祖父母が熊本県出身で、私自身も九州にルーツがあったので、大学は福岡大学の医学部に進みました。当時は今よりも、まだ徒弟制度が厳しかった頃です。勤務医時代は文字どおり休みなく働きましたし、それが普通で不満すらありませんでした。「医者の不養生」はよくいわれますが、勤務医時代にヘルニアが悪化して、松葉づえをつきながら教授回診に回っていたことを覚えています。その後、九州や東京の病院で勤務した後、父が検査入院することになり、その間の診療所を運営するため帰郷しました。幸い、その後に父の病状は回復し、3年ほど一緒に仕事をしておりましたが、父の他界を機に院長職を引き継ぎました。

―院長の思う「かかりつけ医」の役割とは何でしょう。

内科の医師としては、問診と身体所見の取り方が重要です。ご覧のように当院には特別な検査機器も高額な治療器具もありません。シンプルな診療所です。しかし、「見て、聞いて、触って」が内科診療の基本です。まず大切なのは、患者さんの話をいかに引き出せるかですよね。世間話のような雰囲気で話をしながら、困っていること、病気の進み具合を判断します。そして、聴診器で「聞き耳」をたてる。その上で、これは重篤かなと判断すれば専門科に紹介し、検査を勧めます。その際、「紹介する科は外科系かな、内科系かな」と、適切に判断し、振り分けるのが役割。つまり、われわれ町の内科医師の仕事は「広く、浅く」というものです。

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