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保坂 泰介 院長の独自取材記事

保坂小児クリニック

(枚方市/枚方市駅)

最終更新日:2019/08/28

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香里ケ丘の小児科と言えば、地元の人々は恐らく「保坂小児クリニック」を連想するのではないだろうか。それほど長く、地域の小児医療に従事しているこちらのクリニックは役所、スーパー、飲食店などが集まる地域の中心エリアにあり、2ヵ所のコインパーキングも受診後は無料で利用できるので車でもアクセスしやすい。1963年に開業した小児クリニックで、現在は2代目の保坂泰介先生が院長を務める。地域の子どものさまざまな疾患に対応しながら、病児保育室を併設して働く保護者をサポートしている。整形外科の勤務医から小児科、病児保育室の医師になったという保坂院長に、クリニックのポリシーや地域医療にかける思いなどについて聞いた。
(取材日2018年10月11日)

地域に欠かせない施設を引き継ぐ決心を

医師をめざしたきっかけはなんでしょうか。

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1963年に母がこの地域に開業して、僕が生まれたのはその2年後なので、物心ついた時には毎日忙しく仕事をする母の姿がありました。当時は往診もしており、夜に母が僕を連れて出かけ、診察が終わるのを車の中で待っていた記憶もあります。僕は3人きょうだいの末っ子で、両親が医師、姉も兄も医学部だったので、高校2年生の終わり頃までは、自分だけは医師以外の道に進もうとのんびり考えていました。ところが高校3年になり、学校の教科書でたまたま出会った一節を読んで、医学部に行こうと決意し、以後は猛勉強して、京都大学医学部に入学しました。「life is challenge」という言葉が大好きで、この頃より何事にも挑戦する気持ちが僕の中で大きくなった気がします。

もともとの専攻は小児科ではなく整形外科ですね。

スポーツが好きな僕は整形外科の道に進みました。その後尊敬できる先輩と出会い、その方に憧れて大学院や米国留学時代は骨や軟部組織のがんの研究を行いました。京大病院整形外科では骨のがんの子どもを担当し、小児科の先生方と毎週ミーティングをしていました。当時は小児科も楽しそうだなと感じていましたが、まさか自分が小児科の医師になるとは夢にも思いませんでした(笑)。その後一般病院の整形外科ではリハビリテーション分野も担当して、患者さんのリハビリ計画や退院後の生活設計がいかに大切かを学びました。

そんな先生が小児科に転身されたのはなぜですか。

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病児保育室の存在が一つのきっかけでした。母は先駆け的に病児保育室を1969年に始めたのですが、当時は「子どもが病気の時くらい母親は家で子どもの世話をするのが当然、仕事をするなんてとんでもない」という風潮が根強く、偏見とも闘い地道に病児保育を運営していたようです。そんな状況を横目で見ながら僕は整形外科医師として仕事を続けていましたが、病児保育が地域にとり必要不可欠な存在となり、また僕自身が父親となって、病児保育の重要性がはっきりと理解できるようになりました。一方で、将来母が第一線を退いた時に、もしクリニックと病児保育がなくなれば地域の皆さんに大きな迷惑がかかる、整形外科の医師をこのまま続けるよりも、クリニックと病児保育室を守り引き継いでいくことが、医師として、そして自分の人生において、より大きな社会貢献になるのではないかと思い至り、小児科医師になることを決意したのです。

子どもにとって何が大切なのかを常に考える

整形外科から小児科への転身は珍しいのではないですか。

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日本整形外科学会の整形外科専門医資格をもつ医師が整形外科で開業することはよくありますが、僕のように小児科で開業するのは聞いたことがなく、自分では日本の医学の歴史的に見てもまれなことではないかと思っています(笑)。整形外科の上司や仲間にも、前例がなく随分驚かれましたが、最終的には、事情をよく理解してくれて、温かく送り出してくれました。今でも整形外科の同門の集まりに時々顔を出しますが、変わらずお付き合いがあるのはありがたい限りです。とはいえ、安全安心な小児医療を提供するためには、小児科の知識と経験を積む必要があると考え、小児専門の病院に就職して小児科をゼロから徹底的に学びました。そして、小児科医として必要なレベルに達したという証明である、日本小児科学会の小児科専門医を取りました。

どんなところで苦労されましたか。

とにかく小児科は整形外科とはすべてが異なり、まるでルールや言葉が違う別の国に来たようなものでした(笑)。見るもの聞くものすべてが新鮮でしたので、苦労というより毎日が驚きと感動の連続でした。そして小児科の新しい先輩や仕事仲間も、僕のようなおっさんの新人小児科医を温かく迎え入れていただき、かけがえのない新たな人間関係を築くことができました。今は日々充実しており、思い切って整形外科医師から小児科医師になるという決断をして本当によかったと思っています。

こちらは大規模な団地の中のクリニックですね。

1958年に造られた歴史あるマンモス団地で、高齢化の一方でリニューアルも進み、子育て世代のご家族も依然として多い地域です。この地域は団地ができた当初から多くの若い共働き世帯が移り住んだこともあり、子どもが病気になった時も安心して預けられる施設への要望が高まり、病児保育室が誕生しました。その後も多くの父母の理解と支援、熱心なスタッフのお陰で、病児保育室が守り育てられてきました。少子化が進んでいますが、この地域での小児医療や病児保育のニーズはまだまだ高いと感じています。

診療の際に心がけておられることを教えてください。

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病状経過を詳しく聞き、丁寧に診察をして、目の前の子どもに今何が必要かを判断し、保護者にわかりやすく説明することを心がけています。僕自身も父親となり、子どもは家族の宝、社会の宝であり、かけがえのない存在であることを実感しています。そのような思いを親の皆さんと共有して日々の診察にあたりたいと思います。一方、病児保育は安全が最優先ですね。病気の子どもを朝から夕方までお預かりするため、突然のけいれんなど急な対応が必要なこともあり、元気な子どもを預かる一般保育よりさらに高度で専門的な保育看護のレベルが必要です。当施設のスタッフは、長年の経験がありますので、安心して病児保育をご利用いただければと思います。

ワクチン接種にも積極的に取り組む

ワクチン接種に力を入れておられます。

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危険な感染症から身を守ることができ、最近ではがんの原因となるB型肝炎ウイルスやヒトパピローマウイルスの予防も定期接種で可能となりました。また予防接種を受けることで、周囲に感染症をまき散らさず、社会全体を守る、という大切な役割もあります。まさにワクチンは医学の進歩が人類に貢献した最大のものの一つです。診察の際には毎回必ず母子手帳を開いてワクチン歴のページを確認し、ここにあるすべての空白を、順番に接種済みシールで埋めていってくださいと説明しています。

今後の目標について教えてください。

母が50年以上にわたって継続し、地域の皆さまに育てられたクリニックなので、今後もしっかり維持して地域に貢献することが第一の目標です。また、医学医療は日々進歩しており、アレルギーなど以前と180度考え方が変わった分野や、腸内細菌など新しい知見、最新の薬や検査が続々と生まれています。開業医の使命として、今後も研修会や学会に積極的に参加し、小児科や整形外科の仲間と交流して、最新医学の情報をしっかりキャッチして患者さんに還元していきたいと考えています。

休日はどんなことをして過ごされますか。

基本的に家でゴロゴロするのが好きなのですが(笑)、友達と食事や飲み会に行くのは大好きなので誘ったり誘われたりして楽しい時間を共有するようにしています。また、生まれ育った枚方に戻り住み、改めて枚方は素晴らしいところがたくさんあることに気づきました。暇を見つけて枚方のいろんなところを巡りたいと思っています。

読者にメッセージやアドバイスをお願いします。

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医師として次世代を担う子どもたちの成長発達を見守り支援すること、そしてそれを通して生まれ育った地元に貢献できることに大きな喜びを感じています。仕事を持つ親にとり子どもが病気になった時は大変ですが、そんな時は当院や病児保育室をぜひ活用してほしいと思います。病気の時でも症状に合わせて適切な保育看護を施すことは、子どもの成長発達にとっても大切なことですからね。何かわからないことがあれば、気軽に僕やスタッフにご相談ください。

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