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大嶋 太一 院長の独自取材記事

大島医院

(守口市/守口駅)

最終更新日:2019/08/28

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大阪メトロ(旧・大阪市営地下鉄)守口駅から徒歩で約5分の大島医院は昭和20年代から地域の人々の健康を見守り続けてきた。2代目の大嶋太一院長は先代で父の大嶋小太郎氏が大切にした「皆さまの不安をなくし、安心してもらうことを一番に考えた医院づくり」という思いを引き継ぎ、丁寧できめ細かな患者とのコミュニケーションを心がけている。検査画像から患者の訴えの背景に隠れた病状を読み解く放射線科医師としての経験をもとに、各診療科の垣根を越えた広い視野で診療を行っている。そんな強みを生かし、内科全般を総合的に診ながら患者に向き合う同院。大嶋院長の話は生まれ育った地元への愛情があふれ出ている。
(取材日2018年3月27日)

真面目な父の後ろ姿を見て

大島医院はお父さまが始められたのですね。

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私が1957年に生まれる以前の昭和20年代に、ここ守口で内科医院として開業しました。父はもともと東大阪市の出身で、当初は大阪・此花区で親類が開設した医院を手伝っていたそうなのですが、守口に、どんな縁があって来たのかは聞いたことがないのです。とにかく昔ながらの医者という感じで、真面目でした。昭和の高度成長期にかけては、近くにいくつかの大手企業が拠点を置いていたこともあって今よりもにぎわいがあって診察も忙しく、午後11時になって夕食を取るという生活をしていましたね。私は一人っ子で、そんな姿を見てきましたので、物心がついた時には自然に医師になる気持ちを固めていて、関西医科大学に進学しました。

先生のご専門は放射線科ですね。

大学の実習の時に興味を持ちました。内科医師になるつもりでしたから、体の部位を問わず画像を見て診断する放射線科は幅広い知識が必要な点が役立つと思ったのです。内科の研修も経験したのですが、結局、専門は放射線科を選び、卒業後は大学病院の放射線科に在籍。その後進学した大学院でも放射線科を専攻しました。その中でも、主に手がけたのは血管内手術です。カテーテルという細い管などを使った血管内治療のことで、例えば閉塞性動脈硬化症の治療に用いられますね。下肢の動脈が細くなったり詰まったりして痛くて歩きにくくなる病気ですが、カテーテルを血管内に挿入し治療用の風船を膨らませて血管を拡張します。その他、結石などによって胆管が詰まって起こる閉塞性黄疸(おうだん)や消化管の出血などの治療をします。

医院を引き継がれたきっかけは?

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1983年に父が亡くなりました。私は当時勤務医でしたが、古くから来ていただいている患者さんも多かったので、診療を続けないといけません。そのため、アルバイトの医師に常駐してもらって医院を継続しました。でも、その先生も高齢で診察が難しくなってきたので、2008年10月から私が専従するようになったのです。もともとは現在の医院から通りに沿って数メートル離れた建物が診療所だったのですが、老朽化も進んでいたので以前から購入していた、この2階建ての建物に移転しました。ちなみに私の姓は「大嶋」ですが、院名の表記は「大島」でしょ。書類などに名前を書くと「間違っていませんか?」と聞かれることが多いのです。父がなぜかそのようにしたのですが、私が引き継ぐ際の申請の際に役所でも「変えますか?」と聞かれたのですが、地元では「大島」で定着して商標のようになっているので、そのままにしました。

初期の見極めを重視し、内科全般を総合的に診療

医院を引き継ぎ、地域医療への関わり方や診療のスタイルが大学病院時代と大きく変わったのでは?

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生まれ育った土地ですから、患者さんも私の小さい頃をご存じの方ばかりです。診察室に入って来られると、最初は皆さんだいたい「立派になって」みたいなことをおっしゃいましたね(笑)。私のほうも父の代から来院している患者さんのバックボーンがわかっているので、患者さん側の視点で理解できることが多いのです。例えば、近所付き合いもあるので、患者さんのご家族の病歴も頭に入っています。「お父さんは、あのような病気で亡くなったので、あなたも気をつけてくださいね」といったアドバイスができるわけです。

地元に対する先生の愛着が伝わってきます。

大阪市に隣接していて、都会ではないけど、田舎のような、のんびりした感じでもないのが私にはちょうどいいですね。当院は地下鉄谷町線の守口駅からも近くて、京都と大阪を結ぶ京阪電車の守口市駅からも歩いて7、8分ほどなので、10数分も電車に乗れば大阪市の中心部に行けますし、京都にも便利。地下鉄・守口の次の大日駅からモノレールで大阪空港に直結されていますしね。もともと大坂と京都を結ぶ旧街道沿いで、守口宿という宿場町でしたから、当時の面影も残っています。スマートな下町というのでしょうか。近所を歩いていて知り合いに会って「調子どう?」なんて聞くと「ちょっと気になることが」とおっしゃって、そのまま来院して受診されるということもあります。

診察で心がけていらっしゃることは?

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父が「皆さまの不安をなくし、安心してもらうことを一番に考えた医院づくり」を大切にしてきましたので、その思いを引き継いで、患者さんが何を不安に感じているか、どうしてほしいか、ということをしっかりと把握するために、コミュニケーションを重視しています。なるべく時間をかけて、じっくりと患者さんがわかる言葉で説明するように努めています。また大規模な医療機関では診療科が細分化されているので、医師は自分の専門外の訴えに対しては、時間的な制約もあって、しっかり耳を傾けるのは難しい場合が少なくありません。当院は内科全般を幅広く見ることを責務として、全体的に患者さんの状態を見極めることに力を注いでいます。「おなかが痛い」とおっしゃって来られた患者さんが調べてみたら肺がんで、早期発見ができたというケースもあったのです。

放射線科の医師としての強み

放射線科での経験と知識を生かされているようですね。

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体の隅々の「病気の顔」を把握しているというのでしょうか。呼吸器科、耳鼻科、脳外科などの専門家の枠を越えて、MRI、CT、エックス線、消化管透視、超音波など画像で撮影できる部分の病気なら見つけることが可能です。もちろんそれぞれの分野では専門の先生にはかないません。でも先にも申し上げたように「おなかが痛い」とおっしゃるので腹部の画像を撮って見せてもらったら肺の異変に気づくなど、各部位を治療する専門科の領域を越えて画像全体を俯瞰(ふかん)して、隅々まで異常の有無を判断できるのは強みだと思っています。当院では高度な画像撮影はできないのですが、近隣の病院と、普段から緊密に連携し、必要ならば、紹介状を書いてすぐに画像撮影をしてもらえます。それは先ほども申し上げたように当院が交通に便利な場所にあることもメリットになっています。

今後の抱負は?

地域に密着して患者さんが気軽に、小さな不安などなんでも話して相談してもらえるような雰囲気づくりをさらに進めたいと思っています。地域に根を下ろし、周辺の病院と連携し、適切な治療を提供できるネットワークの「核」になれればと考えています。今も患者さんがいらっしゃって重症そうならば、すぐに画像撮影のできる病院を紹介して行ってもらい、診察時間が終わった後に私自身が、その病院を訪ねて画像診断をして入院の手続きにも立ち会うこともあります。患者さんも、普段から知っている私から説明を聞くほうが受け入れやすいということもあるようです。

現状で課題などはありますか?

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私が医師になった当時は、医療の画像といえばフィルムが主流でした。当時、患者さん1人について診断対象になる画像が30枚だったとしたらデータがデジタル化される現在は900枚です。それだけ見えない部分が少なくなったわけで、放射線科の医師は責任が大きくなり、それに反比例して寿命が縮むといわれました。そんな変化の過渡期を体験していますから、当時、今の私くらいの年齢だった医師は進化に対応するのが大変だったと思います。かつて放射線科の医師は2次元データを頭の中で3次元データとして再構築して診断する必要がありましたが、今は3次元でデータがアウトプットされます。それだけに放射線科の医師は機器の発達状況や疾病の最新情報を得る努力が必要ですが、ものには限界がありますので、各診療科の専門の先生と連携することが大切です。病気の早期発見の技術も高まっていますので、20代30代の方もできるだけ検査を受けてほしいですね。

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