全国のドクター9,285人の想いを取材
クリニック・病院 161,120件の情報を掲載(2020年10月20日現在)

  1. TOP
  2. 大阪府
  3. 高槻市
  4. 高槻市駅
  5. 医療法人明峰会 東山産婦人科・小児科
  6. 東山 信彦 院長

東山 信彦 院長の独自取材記事

東山産婦人科・小児科

(高槻市/高槻市駅)

最終更新日:2020/04/01

74243 1

高槻市駅から淀川へ向かって車で10分。幹線道路から道を隔てた高槻市辻子に3棟の立派な建物を有する「東山産婦人科・小児科」。前院長の東山敏子医師が1969年に開業した、産科・婦人科・小児科で地域住民を支えるクリニックだ。2代目院長の東山信彦医師は、自治医科大学附属病院産婦人科、同大学総合周産期母子医療センターに勤務した後、人の命を救う究極の現場でさらに研鑽を積みたいと思い、兵庫県立西宮病院救命救急センターへ。「自分が医師として納得できるよう、やるべきことは必ずやる」という熱いハートと信念で、診療に携わる東山信彦院長に、自身がめざす医療についてたっぷりと聞いた。
(取材日2018年4月9日)

産科から小児科まで、安心して子どもを育てられる環境

とても大きなクリニックですね。施設をご紹介いただけますか。

1

当院は産婦人科のある本館と、小児科の別館、軽い運動が行えるスタジオの3館からなります。看護部長以下13名の看護師、11名の助産師、超音波検査に精通する検査技師も常勤しており必要な検査を迅速に行えるよう体制を整えています。キッズルームには保育士も常勤し、無料の巡回送迎車も用意しています。この規模のクリニックにしては人員が多いと思いますが、それは私がいつも万一に備えておきたいと考えているからです。スタッフの数が多いと提供できる医療の質が上げていくことができます。数が質を生み、それが力となってさらに質が上がる。さらに余力ができるので、スタッフにはいろんな研修や資格取得に積極的に取り組んでもらうこともできます。

お母さまの産婦人科を引き継ぎ、さらに小児科を開設されたいきさつを教えてください。

私がこちらに戻ってきた頃、近隣の方に「先生、いい小児科ないですか?」と尋ねられたことがきっかけです。私はこの高槻で産まれ育ったので、小児科のクリニックはたくさんあったように記憶していたのですが、いざ調べてみるとほとんどが閉めてなくなっている状態でした。それで小児科のドクターに来てもらい、使っていなかった別館に小児科を開設して現在に至ります。産婦人科で産まれた赤ちゃんを小児科でも診てもらえますし、1ヵ月健診やワクチンの開始時期についてもアドバイスでき、ドクター同士で産まれた時の情報共有も可能です。いつも顔を合わせて相談していますから、お母さんも安心だと思います。母乳相談や育児相談も看護師、助産師の協力を得て、積極的に行っています。

大勢のスタッフの方と高いチーム力で結ばれていらっしゃいますね。チーム力維持の秘訣は何でしょうか。

2

スタッフの様子をよく見て、常に声をかけるようにしています。疲れているなと感じた時はねぎらいの言葉をかけますし、失敗した時は叱咤激励し、積極的にコミュニケーションを取ります。時にはみんなで一緒に食事に行くなど、スタッフが働きやすい環境づくりを意識しています。

医師を志されたのはいつ頃からですか?

子どもの頃から母に「医師になれ、医師になれ」と言われ続け、高校時代には「医学部しか受験させない」と言われました。兄も医師でしたし、こういう家族環境でしたから、自分でも医師になるしかないだろうな、とは思っていましたが、あまり乗り気ではなかったので勉強もしませんでした(笑)。ですが一念発起して猛勉強して金沢医科大学へ進学し、そこで医師となるための心構えを教えられました。

産科のプロフェッショナルとして努力を惜しまない

医師としての心構えとは、どんなことでしょうか。

3

大学一年生の時です。退官間際の先生の医学史の授業でした。ご自身が山岳部の顧問をなさっていて、ある大雪の日に山小屋で急病人が多数出て、有志を募って助けに行くことになったそうです。その有志に学生2名が果敢にも名乗りを上げ、必要な機材を背負って救援に向かう最中、事故に遭い不幸なことに亡くなってしまって、その時の責任と無念な思いを、その先生はずっと背負いながら医師を続けているのだとお話しになったのです。言葉も出ませんでした。医師とはこういうものなんだ、こうあるべきなんだと教えられました。

ご卒業後、自治医科大学附属病院では、どのようなご経験を積まれたのでしょうか。

自治医科大学付属病院は、高度かつ先進的な医療を安全に提供することをめざし、広域からたくさんの患者さんを受け入れている総合病院です。重症の患者さんが、毎日搬送されてくるといった状況でした。同病院では、私は婦人科、そして総合周産期母子医療センターで勤務しましたので、妊娠中の患者さんがかかる病気に対しての知識や、管理の基本をはじめ、さまざまな技術や技能の習得をしていくことができました。また、重症度の高い患者さんが多かったため、さまざまな症例に対応する自信と今につながるたくさんのことが学べました。

その後、救急医療に携わられたのはどんな思いからでしょうか。

4

医師の大命題は人の命を救うことです。自分が手を差し伸べなければ、人が亡くなってしまうという状況、そんな万が一の時に、自分も患者さんも納得し、お互いに理解ができるような医療を提供できるようになりたい、学びたい、と思ったからです。それでつてを探して兵庫県立西宮病院の救命救急センターで勤務しました。外傷、窒息、薬物中毒、心臓が止まってしまった患者さんなど、およそ産婦人科では出くわすことがないようなケースに取り組んできました。救急医療に携わる医師は最悪の環境下でも、その時出せる最大の結果を出そうとします。この経験から、自分はどんな状況でもやれることを納得できるまでやる、という信念が生まれました。その場でできる最大限の選択肢を選んで実行する判断力や医療技術、医師としても使命感のようなものを身につけたと思います。

相談しやすい雰囲気と、いくつもの選択肢を用意する

妊婦さんはいろいろな不安を抱えて来院されます。どのような対応を心がけておられますか?

5

来院される妊婦さんを見ていると、些細なことは我慢して言わない、あるいは言うのが恥ずかしい、こんなことを聞いたら悪いかな、と遠慮してしまう方がいらっしゃるように感じます。こちらに、重大なことだけを伝えようと言葉を選んでしまっているように思います。そうならないように「こんなことはありませんか?」とこちらが先に声をかけ、気楽な、相談しやすい雰囲気をつくるようにしています。そうすることで、実は深刻な状況を抱えていたということが後になってわかって、対応が遅れることがないように努めています。

とてもお忙しい毎日のようですが、リフレッシュする時間はありますか?

実は仕事漬けの毎日です。緊急コールもすべて私が受けるようにしていますので、24時間仕事のことが頭から離れませんし、休日だからといってあまり遠出もできません。4歳、2歳、0歳の子どもがいますが、残念ながら仕事とプライベートのメリハリがついていない状態です。体は元気なので、まだまだ大丈夫ですけどね(笑)。

産婦人科のクリニックを探している読者へメッセージをいただけますか。

6

医師に、何か「こうしてほしい」と投げかけた時に、できない理由ばかりを挙げる医師は遠慮されたほうがいいです。「その希望をかなえるためには、こういうことは守ってください」とはっきりとアドバイスをしてくれる医師を探してください。できるようにするためにはこういう方法がありますと、いくつかの選択肢を与えてくれる医師が良い医師だと思っています。医師は医療技術を提供する技術者であり、科学者ですが、その前に人と向き合う人間であるべきです。妊婦さんと赤ちゃんにとって、一番望ましい結果にどうやって結びつけられるかを考える人間であるべきだと、私は命の究極の現場を経験して思うようになりました。前に進むために困難なリスクがあっても私は前に進みます。そういう心づもりで患者さんと向き合っています。

Access