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北原 健志 院長の独自取材記事

北原医院

(豊中市/豊中駅)

最終更新日:2019/08/28

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阪急豊中駅から府道43号線を北へと歩くこと十数分。こんもりとした森に包まれた豊中稲荷神社を過ぎると「北原医院」が見えてくる。この地で25年前に開業して以来、地域の医療を見つめ続けてきた北原健志院長。日本消化器病学会消化器病専門医で専門は消化器外科だが、長年のキャリアで培った診療経験で幅広い症状を診療する昔気質のベテラン医師だ。モットーは「自分が診られる症状はなるべく自分で診る」。医院だけではなく、デイサービスやケアプランの策定など介護サービスも手がけているのは地域に住む人々の健康に寄与したいという思いあってこそ。穏やかな物腰で自らの医療スタイルについて一言一言、言葉を選らびながらじっくりと語る北原院長への取材は、ほっと心温まるひと時だった。
(取材日2017年10月12日)

専門にとらわれず、かかりつけ医として何でも診たい

先生が掲げられている診療科目はかなり多いですよね。

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内科・消化器科・外科・整形外科・肛門科、リハビリテーション科と本当にたくさんの診療科目を看板に掲げています。今は専門医制度の時代ですからね。不思議に思われる方もいるでしょうね。「そんなに診療科目を掲げて、きちんとできるのか」ってでも私としては自分が診れるものはすべて診たかったんです。消化器外科が専門なのですが、開業する前には救急や一般外来で専門以外の症例を診ることが多かったから。今までに診たことのある科目を並べるとこうなったんです。昔気質の医師ですから。

医師として心がけていることは何ですか?

いつも思っているのは患者さんの身になって丁寧な対応を心がけることでしょうか。診療中も世間話をしたり、趣味について語ったり、家族やご近所の方の話と病気以外の話をするのも、そのひとつ。そういった話をしていると、病気や痛みに向かっていた気分が少しほぐれますからね。それと患者さんが何を求めておられるのかを察するヒントは案外そんな話の中に転がっているものです。そういう対応を心がけていることもあって、患者さんとは医師と患者という区分を越えた友だち付き合いをさせていただいていますよ。一緒に釣りや温泉に行くこともあります。実は釣りのほうは昔から知っている患者さんに教えてもらったようなものなんですけどね。

介護の分野にも力を入れているそうですね。

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この医院を私が開業したのは今から25年前のこと。開業当初からの患者の皆さんが年をとって、介護が必要になってきたので始めたんです。すぐ近くにケアマネジャーの事務所「ケアプランゆうむ」、車で少しの距離にデイサービスの「デイサービスゆうむ」があります。こういった介護支援サービスを始めたのは患者さんからの要望もあってのこと。デイサービスに通っていただいて少しでも体を動かして少しでも長く元気で過ごしてほしいんです。長年過ごしてきた地元にいるというのは大きなことなんですね。デイサービスでも顔見知りが多いから、世間話に花が咲くし、顔つきも生き生きしてくる。いろいろな診療科目を掲げるのと同じで、お付き合いのある患者さんはなるべく長い間、私が責任を持って診たいんです。

勤務医時代「待ったなし」の経験が今の診療スタイルに

医師になったきっかけは?

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子どもの頃、私はテレビっ子だったんですよ。外科医師を主人公にしたアメリカのテレビドラマがあってね。その影響が一番大きいかな。それと叔父に医師が2人もいたんです。そのうちの1人は大阪大学医学部附属病院に勤めている外科の医師で、診療だけでなく大学での研究にも携わっていたんです。私はかわいがってもらっていたので研究室に連れて行ってもらうこともしばしば。子どもの頃の自分にとって、叔父のやっている研究はすごく不思議で魅力的だったんですよ、まさにテレビドラマで見ていた世界ですから。それで医師という仕事に興味を持ったんです。勉強がすごく得意というわけではなかったけれど、頑張って勉強しましたよ。それで和歌山県立医科大学に入学し、叔父と同じく外科を志しました。

大学を卒業してからは、どのような経験を積まれたんでしょう?

大阪逓信病院(現・NTT西日本大阪病院)や大阪大学の研究室で働いて、豊中市民病院(現・市立豊中病院)へ。確かこの病院にいたのは2年と短い間だったんですけど、すごく密度の濃い時間を過ごしました。当時、竹内先生という外科の先生が上司だったんですけど、オペが確かですごく早い。医学知識も幅広くて、本当に尊敬していました。竹内先生の下で働いていたときに専門の消化器外科、乳腺外科を勉強し、その後に勤務した長堀病院で内科や整形外科も診ることになりました。救急もやっていましたから、専門分野にこだわってはいられなかったんです。患者さんが運び込まれてきたら待ったなしですからね。そんな経験が今の私のスタイルの礎になっています。竹内先生は近くでクリニックを開いておられることもあって、今でも親交があります。

医師経験の中で印象に残ったエピソードは?

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開業する少し前のことです。S状結腸ポリープの一部に未分化がんが見つかった患者さんがいたんですね。すぐに大腸ファイバースコープをして切除したんですが、経過を見ているとすでに肝臓に転移していたんです。それも予想外なほど広範囲に。本当にいい患者さんで、私たちのアドバイスも素直に聞いてくれたのに助けられなかった。残念でした。未分化がんは非常に厄介な症例の一つ。そこで、同じような症状の患者さんに資するようにと「広範な肝転移を認めたS状結腸腺腫内未分化がんの1例」という論文をまとめました。こういった症例は特異ですが、がんは早期発見をすれば治る可能性が高い病気なので、患者さんたちにもしっかり検診をするように勧めています。

高齢者への医療が、これからの大きな課題

先生の息抜きになるご趣味は何ですか?

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趣味は鯛釣りですね。開業から親しくさせてもらっている患者さんと趣味の話になって、その方が鯛釣りが好きで好きで、それで鯛釣りの世界に引きずりこまれたという感じです。それから、もう20年は鯛釣りにはまっていますよ。鯛は、「鯛の三段引き」といって、前アタリから本アタリまでググッ、グググッ、グイーッと引いてくるんですよ。それと釣り上げるまで息切れせずにグイグイ引いてくるのがたまらない。釣り上げるまで気が抜けません。私が釣り上げた一番大きな獲物は福井県で釣り上げた鯛で体長90cm、8.9kg。両手で抱えてやっとという大物です。でも、ここまで大きくなると刺身ではおいしくないんですよ。煮物にしたらおいしいかな、大きいのは。

魚をさばいたり、料理もされるんですか?

それは家内にお願いしています。本当に感謝してるんですよ。私がこの医院だけでなく介護サービスまで手を広げてしっかり仕事に打ち込めるのは、うちの奥さんのおかげ。だから、奥さん孝行もちゃんとやっていますよ。うちの家内は温泉が好きなんです。中でも北海道の登別や大分の別府温泉のような白濁したとろりとした湯が好み。だから、年に数度は家内好みの温泉を見つくろって、あちこちに出かけています。旅行に行けば、うちの奥さんも家事をしなくていいですから、彼女がご機嫌だと、私もつられて元気になってしまいます。

今後、北原医院をどのようにしていこうとお考えですか?

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やはり、高齢者への医療は大きなテーマです。私自身も年を取っていますからね。もちろん、この地域のみならず日本全体が高齢化しているでしょう。リハビリテーション科を看板に掲げているのも、だてじゃありません。けん引機器や低周波治療器、遠赤外線温熱治療装置をリハビリテーション室に備えています。こういった装置を使って患者さんの体を少しでも動かして、少しでも筋力を高めていきたいなと思っています。そういった活動をすることで認知症の症状が緩和されることもあるんですよ。これまで一緒に暮らしてきた地域の皆さんが元気でいられるよう、微力ながら力を尽くしたいと思っています。

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