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辺見 俊一 院長の独自取材記事

辺見クリニック

(豊中市/蛍池駅)

最終更新日:2019/08/28

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阪急宝塚線の蛍池駅より徒歩3分。幹線通り沿いにたたずむタイル張りが印象的な3階建てのフォルム。それが「辺見クリニック」だ。現院長の辺見俊一先生の父である辺見武彦理事長が36年前の1982年に外科、消化器外科として開院。以来、地域の住民に愛される医療機関としてその役割を果たしながら、2008年には辺見院長が池田市民病院で勤務する傍ら同クリニックでの診療を開始し、一般整形外科、関節リウマチの診療、骨粗しょう症の治療にあたっている。辺見院長は、大阪大学医学部の関連施設で上肢及び手の外科の臨床と基礎研究を積み重ね、国立病院機構大阪南医療センターではリウマチの臨床及び研究を積んだリウマチ診療のエキスパートでもある。リウマチ治療や地域との関わりなどについて聞いた。
(取材日2018年5月15日)

手の外科、リウマチの地域の専門家として頼れる存在に

整形外科の医師をめざした理由をお教えください。

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私自身、中学生の頃からサッカーをしていて、けがとの闘いが日常でした。その経験と必要性から必然的に整形外科の医師としての道を選んでいましたね。大学を卒業後、大阪大学医学部と関連施設で14年間を整形外科、それも上肢から手を専門的に臨床と基礎研究を続けてきました。最初に研修した病院で出会い、師事したのが「手の外科」の分野で知られる先生でした。非常に教育熱心な先生で、研修医のために週1回朝6時から勉強会を開いてくれました。この勉強会は、研修医が与えられたテーマを勉強し、諸先輩の前で発表するというものでした。このときのつらく、でも有意義な経験があって今の自分があると思っています。また、この出会いがあり、手の外科の分野に進む決心をしました。

その後、手の外科からリウマチ治療へと進まれたのですね?

大阪大学の医局で一般外傷の手および上肢の整形外科の基礎をしっかり叩き込まれた頃、現在の国立病院機構大阪南医療センターから「手の外科手術ならたくさんできる」とお誘いいただきました。そこで勤務し始めてからは私ともう一人の医師の2人で、来る日も来る日もリウマチの患者さんを診ていました。リウマチ治療というのは、外科的な治療と免疫抑制などの内科的な投薬治療があるのですが、もう一人の医師が免疫内科も専門としていたので、一つの院内、隣り合わせた診察室で内科と外科、互いに補完しあいながら同時並行的に診療できたのです。実はこれは当時のリウマチ診療として非常に画期的なことでした。もちろん現在でも、同病院では医師の数も増やしてこのスタイルは継がれています。

お父さまが開業した「辺見クリニック」へ院長として勤務することになったきっかけをお教えください。

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既に地域に根付いたクリニックではあったのですが、父が体調を崩し入院が必要となったのです。そこでやむを得ず大阪南医療センターを退職し、父が入院する池田市民病院に転勤させていただきました。また、池田市民病院の先生方の協力もあり、辺見クリニックの外来を何とか継続することができました。その当時、関係各方面の方々に大変なご協力をいただいたことを今でも感謝しております。この時期は自身における大きな転換期であり、後輩を指導しながらも自身の非常に良い勉強になった貴重な期間でした。2年間そこの市民病院に勤務した後、幸いにも父が復職できたので、整形外科、リウマチ科、リハビリテーション科などの診療科目を加え今日に至っております。

これまでのさまざまな人とのつながりが大切な財産

個人のクリニックとは思えない大きさですね。クリニック内の施設や設備についてお教えください。

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3階建てで、また1階あたりの床面積も広く、かなりゆったりとした院内レイアウトとなっています。1階には受付と広々とした待合室、そして診察室とレントゲン室、2階には手術室やリハビリテーション室を配し、スムーズで機能的な動線を確保しています。また医療設備としては、超音波骨折治療器や神経伝達速度測定器、全身型の骨密度測定器など、検査から治療、回復までを少しでも早く、そして正確さを期するために街の医院ではあまり整えていないような機器もそろえ治療に臨んでいます。また、リハビリについても理学療法士による理学療法や物理療法、温熱療法ともに機器を設置しております。

ハード面だけではなく、これまでに培われた経験や豊かな人的ネットワークがご自慢のようですね。

先にもお話ししましたが、大阪大学の医局では「手の外科」のグループに所属していました。ここで勉強してきたことが今の私自身を創っているのだと、とても感謝しています。その後、大阪南医療センター、池田市民病院と2つの大きな病院で勤務させていただきましたが、助けてくれた仲間がいたり、また、後に独立後に手伝ってくれることになる後輩と出会えたりと、これまでの実に多くの人々とのつながりが私の医療人生を豊かにしてくれ、仕事上での医療連携の構築につながっています。

具体的にはどのような形で医療連携、ネットワークが構築され生かされているのでしょうか?

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大阪大学医学部付属病院、刀根山病院、市立豊中病院、池田市民病院とは整形外科とリウマチ診療で連携しています。特にリウマチでは、当クリニックでは内科的治療として免疫抑制剤を中心に生物製剤を使用していますが、免疫不全による結核など合併症が懸念されるような全身管理が必要な患者さんは各病院にて治療を受けてもらい、その逆に各病院の患者さんのその後の継続治療を受け入れたりと連携を深めています。また、開業後もリウマチに関する研修会を年に2回開いています。私以外の世話人は、大阪大学や大阪市立大学、大阪医科大学、近畿大学などの基幹病院で先端の治療にあたられている方々です。ここで、全国からリウマチの外科を専門とする先生を招き、新しい知識のアップデートを行っています。こうしたネットワークが自分自身の糧となり、患者さんへのより高いレベルの診療提供につながるものと信じています。

蛍池で2代続いたクリニックは、地域医療の中心的存在

これまでにあった心に残るエピソードや診療ポリシーなどをお聞かせください。

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リウマチがかなり進行していたために手の指の関節が変形してしまった女性の患者さんがおられました。そこで人工関節置換手術をして、きれいな真っすぐの指となったのですが、術後に「先生、これでやっと指輪をつけることができます」とおっしゃってたいへん喜ばれました。特に女性は見た目も大事なのだなと改めて気づかされました。それと同時に、同じ病気でも治療の着地点をどこに見出すかなど、患者さんそれぞれに違うものだとも実感しました。治療現場においては「今のお医者さんはパソコンばかり見ている」といわれるようになって久しいですが、患者さんの言われることにしっかり耳を傾け、顔を見て、触って、患者さんのことをよく理解するといった基本中の基本を大事にしたいと思っています。

お忙しい毎日の中、先生の今の楽しみはなんでしょうか?

今は友人たちと毎月開催するゴルフコンペが一番の楽しみですね。先日も雨が土砂降りの中でラウンドしてきました。みんな本当に好きなんだなあと思いましたよ(笑)。少しでも運動することは本当に大事ですから、努めて参加したいと思います。あとは楽しみの意味は違いますが、現在息子と娘が国立大学医学部の3回生と1回生なんです。将来どんな医師になるのか楽しみですね。

今後の方向性についてお聞かせください。

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一つは、父と私でこのエリアのかかりつけ医として、気軽に利用でき信頼いただける地域医療機関であり続けることです。新たな展開としては、2階の既存リハビリ施設を使いながら設備を整え、近々介護事業所を開設します。現在その準備の最中なのですが、パワーリハビリ、運動療法をメインとした介護施設となります。これは多くの高齢患者さんからの要望にお応えして実現したもので、検診、予防から治療、リハビリ、そして介護に至るまでの総合的な医療機関として、地域の方々に貢献することをめざしております。そして、リウマチは現在ではコントロールできない病気ではなくなりました。しかし、そのためには早めの診察、治療が絶対に必要です。最近も発症後1年以上経過し、手足の破壊が進んだ患者さんが来院されました。手足の強張りや腫脹などが続く場合はいち早くリウマチを専門とする医師や手の外科を専門とする医師に診てもらうことをお勧めします。

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