医療法人 藤田医院

医療法人 藤田医院

藤田 環理事長、藤田 聖子院長

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堺市北区南花田町にある「藤田医院」は、1967年に現理事長である藤田環(ふじた・たまき)理事長が開院して以来、地域に根差してきたクリニックだ。現在は3年前に娘である藤田聖子院長が継承し、2人体制で患者に寄り添った医療を提供している。特徴は、健康教室と組み合わせた音楽コンサートを企画・開催しているという点。コンサートはいろんな楽器の生演奏が聞けるという豪華なもの。「生の楽器の音にふれると、皆さん顔がイキイキしてくるんです。そのお顔を見ていると、音楽のもつ力の素晴らしさを実感できます」そう話す聖子院長を笑顔で見守る環理事長。サービス精神旺盛で優しさにあふれた2人のドクターに、医療のことはもちろんコンサートのことなど、さまざまな話を聞かせてもらった。
(取材日2019年5月23日)

医師になった当初から夢だったクリニックの継承を実現

―藤田医院は理事長が開院されたのがスタートですが、南花田を選んだのはなぜですか?

【環理事長】自分のクリニックを作ろうと場所を探していたところ、知人に紹介されたのがきっかけです。ちょうど新金岡団地が建ち始めた頃で、人口がすごく増え始めていました。それに対して医療機関がすごく少なかった。ここなら多くの人のお役に立てるのではないかと思ったのが、この場所に決めた理由です。当時は本当に人が多かったので、年末などの繁忙期には1日に400人くらいの患者さんを診たこともあります。人口に比例して、子どもたちもたくさんいましたのでいつもにぎやかでしたね。はしかなどのワクチンも確立してないような時代でしたので、誰かがかかるとあっという間に広がってしまう。特に風邪やインフルエンザが流行する時期はすごく忙しかったですね。現在は、開業当時から来てくださってる患者さんも多く、また3代目4代目の若い患者さんもいらっしゃいますね。ありがたいことです。

―院長が就任されたきっかけはありますか?

【聖子院長】私は大学を卒業してすぐに結婚し、3人の子どもを育てながら大学院での研究や検査業務に従事していました。このクリニックに本格的に関わるようになったのは5~6年前からで、当初は副院長として仕事をしていましたが、3年ほど前に父から院長を引き継ぎました。医師になった当初から「いずれは父のクリニックを継承するんだ」と思っていましたので、自分にとっては自然な流れでそうなったように思います。

―理事長は、聖子先生が院長としてクリニックを継承することになった時どう思いましたか?

【環理事長】自分が大切に守ってきたクリニックを娘が継承してくれるのは、すごくうれしくありがたいなと思いますね。中には継承者がいなくて廃院を余儀なくされるクリニックもありますし、子どもが医師になったものの別で開業したり、大学病院に残ったりして継承してもらえそうにない、という話を聞くことも多いので、娘には感謝していますね。廃院になると今まで来てくださっていた患者さんたちに迷惑がかかるわけですから。私にはもう一人娘がいるのですが、日本消化器内視鏡学会消化器内視鏡専門医です。今はその技術を生かして、月に2回、胃カメラの検査を行うために当院に来てくれています。堺市ではがん検診を受けやすくするための制度が充実してきており、胃カメラを希望される患者さんが増えたので、非常に助かっています。



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