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前久保 邦昭 院長の独自取材記事

前久保クリニック

(大阪市中央区/天満橋駅)

最終更新日:2019/08/28

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大阪市内の官庁街でもある中央区谷町で、25年にわたり多くの精神疾患の患者さんを支えてきた「前久保クリニック」。前久保邦昭院長は産婦人科から精神科へ転身した経歴を持つドクター。医師人生において大きな転機となった、精神科への道。その道を歩み続けてきた前久保院長が、取材の中で繰り返し口にする言葉があった。「患者さんにとって“小さな太陽”になれれば」。その言葉に込められた思いとは何か。精神科疾患を取り巻く歴史から現状、そして社会の成長について、深く学べる取材となった。
(取材日2017年4月20日)

多くの節目を経てたどり着いた精神科の世界

院長が医師を志されたのはいつ頃のことですか?

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実は母校の大阪市立大学医学部に進学する前に他の大学の工学部を卒業し研究室に残っていました。当時は学生運動が盛んな時代。大学も封鎖され、戸惑いながらも無為に過ごしていました。そんな学生生活でしたから、将来に迷ってしまい……。結局医学部へ再度進学することにしました。卒業後は附属病院の産婦人科で卒後研修に励んでいました。精神科に移ったときには周囲から相当驚かれましたね。

精神科へ転換するきっかけは何だったのですか?

あるがん患者さんの主治医として自分なりに精一杯関わりましたが亡くなってしまわれた事が、直接の転機となりました。エネルギーも消耗し「医療の限界」と「医療の虚しさ」も感じました。当時の産婦人科は花形的存在。でも「一体、自分は何をやっているのだろう」という思いが払拭できず、自分にとって医療とは何かを見直したいと思うようになりました。ちょうどその時目に入ったのが精神科の先生たちの姿。寄り添い思索しながら医療に励んでいるように見え、深い考えもなく精神科へ移りました。今考えても、かなりいい加減な理由ですよ(笑)。

精神科の世界は、院長の目にどのように映りましたか?

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そんな訳で、優雅に思索しながら、というつもりで移ったものの、実際に取り組んでみたら、産婦人科とは違う意味で「こころを診る」のは大変でした。でもそれが僕には魅力的でした。精神科はまだまだ先の見えない世界。わからないことが多い分、新しい発見や驚きがあります。小説でいえば患者さんにリアルに関わりながらハッピーエンドに導いていくようなものです。時に羅針盤となり、時に支えながらしっかりと患者さんに寄り添っていけば、患者さんやそのご家族に大輪の花が咲きます。この瞬間が精神科医の醍醐味でもありやりがいでもあります。精神科は少しは自分の資質も生かせ、喜びも得られるところだったのです。この魅力は今でも原動力の一つですね。

「患者さんにとって“小さな太陽”になれれば」

開業当時、精神科のクリニックは珍しい存在だったのではないでしょうか?

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今でこそ精神科や心療内科のクリニックは多くなりましたが、当時は精神科単科での開業は前例も少なく、周りからも「大丈夫か?」と心配されました。勤務していた病院と場所も離れていたので、クリニックが成り立っていくかどうかまさに清水の舞台から飛び降りるような気持ちでの開業でした。でもいざ開業してみたら、ありがたいことに勤務医時代の患者さんが多く来てくださり、うれしい驚きとなりました。僕の実績を見て、後輩の先生方が次々と開業された時は「やって良かった!」と思いましたね(笑)。

精神科・心療内科のクリニックが町の中にある意義を、院長はどのように考えますか?

心の病を持つ方は、以前は社会から切り離された存在でした。しかし、障害のある方を社会が受け入れ偏見なく生活する「ノーマライゼーション」という考え方が一般的になってきたことで、精神科クリニックの必要性も高まってきたと感じています。現在は心の病をもたれている方が普通に企業で働き生活していく社会に大きく変化しています。クリニックが町中にある意義もその点にあります。当院の開業が「ノーマライゼーション」という精神科領域の潮目の変わる時期にめぐりあわせ、図らずもその潮流の先端に乗っていたというわけです。だからこそ、町中での開業もうまくいき、その後たくさんの先生方が精神科心療内科で開業されることになったのだと思います。

心の病は患者さん本人が気づけないことも多いそうですが、どのようなきっかけで来院するのでしょうか?

おっしゃる通り、ご家族の方が患者さんを連れてこられるケースは少なくありません。ご自身が病気と気づいておられる場合は問題ないのですが、精神科治療の一番難しいのは病識のない患者さんの治療です。病気と思っていない人に薬を飲んでいただく事程難しい事はありません。だからこそ客観的情報を持つ周囲の方の協力が不可欠です。治療では薬物療法を中心に、不眠や不安、抑うつ気分などの精神症状や、付随する頭痛食欲不振などの身体症状を改善していきます。薬で心そのものを変えることはできませんが、心の感じ方や生活習慣を修正することはできます。身体の傷と違うのは、治り具合を患者さん自身の目に見えないこと。だから心理検査の結果や治療経過を交えながら現状を伝え、客観的に評価できるよう患者さんに説明し、治療を受け入れてもらうのが僕らの役割というわけです。

診療時心がけていることは何ですか?

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自分の家族だったらどのように接してもらいたいかを心がけ、患者さんにとって“小さな太陽”になれればと思いながら、接するようにしています。病気を抱える患者さんは、いわば暗闇の中で悶々としている状態、光を求めておられます。でも、光に気づかれない方が多いのです。一方的に押し付けることなく、ただやさしく照らし続ける。これが大切です。患者さんによって光に気づかれるタイミングが異なり、一人ひとりに合わせて接することで、心に対して目を閉じていた患者さんの視界が、パッと広がる瞬間がやってくるのです。その時、病気だけでなくご家族をはじめ周囲の方との関係も花が開くように変化して成長されます。その時、寄り添っている私達もともに成長させてもらえます。このような事を心がけながら診察させていただいています。

お互いの個性を生かしともに成長していく社会へ

職場環境や就労者のメンタルヘルスに対する意識にも変化があるのでしょうか?

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職場のメンタルヘルス不調対策は、ある程度仕組みが熟してきたと感じています。企業がそれぞれ法律やガイドラインを具体的に実行に移してきた結果とも言えます。「ノーマライゼーションを実行しましょう」と言うだけでは現実的な効果は得られません。企業という枠組みの中で働き方の変化を通して実現する方が効果的です。治療薬も、副作用の少ないものが増え服薬していても働き続けることができる時代になりました。そして「社会ルール」中心の時代から「自己ルール」中心の時代へ、個人の考え方が変化し、ノーマライゼーション実現の大きな推進力になっています。高度成長期は「ともに働き、豊かになろう」という「社会ルール」が共有されていましたが、今は人によって価値観が違い生き方のベクトル方向がまったく異なる「自己ルール」の時代です。もちろん、その分ぶつかり合うことも増えメンタル不調者が増えましたが、次につながるステップだと思います。

今後、社会はどのように変化していくと考えますか?

相違を受容し、利用し合える面で協働する、お互いを傷つけず、お互いの個性で支え合いお互いが成長していく社会になると思います。例えば発達障害の方は、個性が際立って強く自分のやり方が変わらない、変えにくい方です。でも、誰にだって「これだけは譲れない」ということはありますよね。発達障害の方はそれが純化し結晶化しています。今の混乱した時代に、その変わらなさを持った人がいるということにもまた、その方々の役割があると思うのです。変わらない個性が増えてくれば、社会はどちらか二つの方向を選択せざるを得なくなります。一つは個性の異質な面で衝突しぶつかり破滅に向かう道。もう一つは相互に受容し個性を利用し合う事で成長と繁栄に向かう道です。この混乱の時代をつくっている私たち一人ひとりがどちらの道を選択するか厳しく問われている時代。成長と繁栄への道”和をもって尊しとなす”を日々の生活の中で選択実行することが必要です。

今後の展望と読者へのメッセージをお願いいたします。

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これからやって来る社会の動きに取り残されず新しい社会を創造していくためにも、引き続き個性ある患者さんたちに寄り添い、そして変わらず、患者さんにとって小さな太陽になれればと思っています。

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