樋口医院

樋口医院

大西 洋子院長

73116

天神橋筋六丁目駅の2番出口から徒歩5分。古い路地や家並みが残る街・長柄にある「樋口医院」は、戦後間もなく地域の診療所としてスタートし、今なお付近の住人から親しまれ続けている街の診療所だ。院長の大西洋子先生が父からここを受け継いだのは、20年以上も前のこと。もともとあった医院名は旧姓のまま、内科・小児科の看板に自身の出身である泌尿器科を加え、以来、小さな子どもから高齢者まで、さまざまな相談に耳を傾けながら地域医療に力を注いできた。明るい雰囲気が魅力的な大西院長に、女性の医師として、母親として奮闘した日々のこと、地域との関わりや診療への思いなど、じっくり語ってもらった。
(取材日2017年8月23日)

70年の歴史は、人とのつながりの歴史

―ずいぶん古くからこの街で医療をやっているそうですね。

もともと祖父が本庄でやっていた医院を伯父が継ぎ、弟である父がここに移って小さな木造の医院を開いたのが1947年で、今年でちょうど70周年になります。そこから私が全面的に引き継いだのが、22年前のことです。私の住まいはすぐ近くにあり、患者さんも古くからの方が多く、皆さん顔なじみで、買い物に行けばしょっちゅう顔を合わせています。父の代からの年配の患者さんが私の幼い頃を知っていて、いまだに「やあ、お嬢ちゃん」なんて声をかけてくれます(笑)。だから必然的に地域のかかりつけ医というか、地域医療というものが当院の柱になっています。

―このあたりは子どもが多いようですね。

一時期ほどではありませんが、新しくマンションなどが建ってから、また増えたようですね。父からは医院だけでなく学校医も引き継いでいて、小学校で就学時検診をしていると、生まれてすぐに予防接種をしたことのある、以前からよく知っている子ばかりです。やはり、その子たちのことをわかっているのは大きいですね。たとえ顔色が悪くても、もともとそういう子なんだと知っていれば、貧血などと慌てずに済みますから。それがわかってこそ、学校医だと思っています。その地域の子どもたちの成長を見守ることも医療の一環ですから。この学校医をやっているうちは、引っ越すわけにはいきません。そのうち、「あなた、もう赤ちゃん産んだの?」なんてことになって、その赤ちゃんも、すぐに大きくなっていくわけですね。

―地域診療について、院長の考えを教えてください。

地域の診療所というのは、とにかくなんでも診られることが役目だと考えています。喉に魚の骨が刺さった、目にゴミが入ったといって来てくださる方も実際にいらっしゃいます。ですから、本当の意味での救急というのでしょうか。普通、病院の救急といえば心臓や脳など、専門的な準備をして待ち受けることができますが、診療所の場合はどんな処置を求めて来られるかわかりませんから、瞬時に見定めて判断するという、難易度の高い部分があります。それには普段から皆さんの顔をよく観察して、いつもとは違うことに気づくことが大切なんです。さらには、患者さんの家族関係までよく把握しておくことも重要だと考えています。

記事更新日:2017/09/26


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