医療法人  川上医院

医療法人 川上医院

川上 剛院長

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JR東西線・学研都市線・徳庵駅から徒歩10分ほどのところにある「川上医院」。大阪市鶴見区で明治時代に開院し、地域の「かかりつけ医」としてその歴史とともに地元住民からの信頼が厚い。広めの待合室の掲示板には「骨粗しょう症」予防を呼びかける手書きイラストが描かれている。また、ブログも開設し、薬の飲み方の工夫、花粉症、風呂の温度といった日々の健康に有用な記事も患者に発信したいと随時更新している。「来院のハードルを下げたい」という5代目院長の川上剛先生に話を聞いた。
(取材日2017年4月26日)

地元からの信頼が厚い歴史ある医院

―こちらはとても歴史ある医院と伺ったのですが。

当院は、1873年に開院しました。初代から数えて私で5代目になります。私の高祖父は、緒方洪庵が開設した蘭学の私塾で学んだそうです。通いの学生だったので名前が残っていないのですが、明治時代に地域密着型の医院を始めたはしりだそうです。そばに寝屋川が流れていますが、昔は天王寺から船で通院していた話も聞いています。患者さんの中には「ひいおじいさんの頃から川上医院にお世話になっていた」という人もいるくらいです。父の川上晉から院長を2016年9月より引き継いでいます。今でも父を頼ってくる患者さんが多いので、川上晉による診察日を設けています。

―小さい頃から将来は医師になろうと思われていましたか?

生まれながらに自宅が医院だったので、小さい頃から何となく「自分も将来は医師になって後を継ぐんだろう」とは思っていました。中学生までは勉強もできたのですが、高校生の頃に反抗期になって一時、成績が落ちました。でも、少し人生の寄り道をしたとき「人助けをする職業は何か」と考えてもう一度頑張ってみようと目が覚めました。一念発起して埼玉医科大学に進学。6年以上関東にいたので地元が恋しくなり、卒業後、関西に戻りました。関西医科大学附属滝井病院(現・関西医科大学総合医療センター)で研修医を2年間勤め、その後、奈良社会保険病院(現・大和郡山病院)で1年、洛西ニュータウン病院で勤務医を5年間勤務。その後実家の川上医院に戻りました。

―先生のご専門について教えてください。

父と同じく消化器内科です。大学では総合的に内科全般を勉強しましたが、その中で胃カメラに興味を持ちました。もともとカメラが好きで、昔は銀塩の一眼レフカメラを持っていました。祖父がカメラ好きだった影響ですね。自分は研究職よりも人とふれあうことのほうが好きだったので、実践的にカメラを通して体の内部を診ていくことに面白さを感じました。一番多い時期は、数多くの胃カメラ検査をやっていました。これだけやっていると経験値で、どの方法が患者さんにとって苦しいのか、年代別による反応などがわかってくるんですね。だから、胃カメラでも口から入れるのか鼻から入れるのか、麻酔をするのかしないのか、長所も短所も全部説明した上で、どの方法で胃カメラを実施するかを患者さんに尋ねるようにしています。

記事更新日:2017/06/26


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