阪本 憲一 院長の独自取材記事
阪本医院
(大阪市西成区/津守駅)
最終更新日:2025/10/15
鶴見橋商店街の角に立つ「阪本医院」は、1969年の開業以来、半世紀以上にわたって地域住民の健康を守り続けてきた。阪本憲一院長は、大学で消化器内科の医師として研鑽を積んだ後、救急医療などに携わる中で「患者さんの一番近くにいる医師でありたい」という思いを抱き、開業を決意。1996年に父の後を継いで院長に就任してからは、専門性に特化することよりも、むしろ「患者の代弁者」として適切な医療機関につなぐ役割に徹している。「しがらみがないから患者さんのことを一番に考えられる」と語る阪本院長に、地域医療にかける思いと、これからの医療の在り方について話を聞いた。
(取材日2025年8月28日)
父から受け継いだ地域医療への思い
こちらの医院の歴史と、院長を継承された経緯について教えてください。

父が1969年に開業した医院で、内科・小児科を標榜して地域の皆さんの健康を支えてきました。私は大学病院の消化器内科に入局し、そこで医師である妻とも出会いました。その後1995年から父の診療を手伝うようになり、妻と3人で診療する体制を4月1日から始める予定でした。ところがその前日に父が亡くなってしまい、3人での診療という父との夢はかないませんでした。急きょ、院長を継承することになったわけですが、父を頼りに通ってくださっていた患者さんが引き続き来てくださったことには、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。「大切な患者さん、一生懸命診させていただきます」という思いが、私の医師としてのスタート地点。遠方に引っ越しても電車を乗り継いで通ってくださる方もいて、その信頼に応えなければという責任を日々感じています。
勤務医時代から開業医をめざされていたそうですが、きっかけは?
病院での外来は週に1~2コマだけで、次の診察まで患者さんがどうなっているかわからないことに違和感を覚えていました。他の先生方には内緒で、外来担当の看護師さんと相談して、心配な患者さんや薬の様子を確認したい患者さんを自分の空き時間に診ていたんです。患者さんの「次回まで待てない」という不安な気持ちが痛いほどわかったので……。看護師さんたちは協力してくれましたが、他の先生方からは「何をやっているんだ」という目で見られていましたね。でも、昨日処方した薬で具合が悪くなったら、すぐ来てもらえる。そういう患者さんの一番近くで診療できることが、本来の医療じゃないかと考えるようになりました。一人で外来を切り盛りする経験をして、このスタイルが自分に合っていると確信。開業医こそが自分の思い描く医師像だと心が決まりました。
現在の患者さんの特徴や、この地域での診療について教えてください。

超高齢者の方が多く、ほとんどが自転車で通える近隣の方々です。下町情緒あふれるエリアで、商店街には日中も人通りがあり、高齢者向けの施設も多い地域。車いすの方がお一人でも出かけられるほど、道路も整備されていて人に優しい街だと感じています。長い患者さんとは「あうんの呼吸」で診察も短時間で行えますが、初診の方にはじっくり時間をかけます。他科でもらっている薬との相互作用をチェックしたり、背景をしっかり聞き取ったり。例えば整形外科で血圧の薬をもらっていたなんてこともあるんです。一方で「薬だけ欲しい」という方もいらっしゃるので、そこは臨機応変に。昔の患者さんが親になって子どもを連れてきてくれることもあり、世代を超えたお付き合いができるのは開業医の醍醐味。お風呂屋さんの感覚で「近くにあるから」という理由で通ってくださる方も多いですが、それでいいと思っています。
専門性を持たないからこそできる、寄り添う医療
感染症の診療にも積極的に取り組まれているそうですね。

新型コロナウイルスが二類相当だった時期から、手挙げ式の発熱時の外来として積極的に受け入れてきました。PCR検査機器を導入し、新型コロナウイルスもインフルエンザも院内で検査できる体制を整えています。他にも、子どもに多い感染症の検査キットも幅広くそろえて、お母さんたちの「何が原因か知りたい」という気持ちに応えられるようにしています。また、医院との活動とは別に医師会からの関連で、結核対策の会議にも毎年出席しています。
「専門はない」とおっしゃいますが、それが強みになっているのでは?
専門の診療科を離れて5年もたてば、その当時の先端医療は通用しなくなってしまいます。ですから「専門は何ですか」と聞かれたら「ありません」と答えています。でもその代わり、患者さんに一番近い存在でいられる。親戚の医師や隣のおじさんでも、そう思ってもらえればいいんです。特に専門性のある分野はありませんが、「患者さんとご家族により近いところにいる医師」という立場が大切だと思っています。紹介状は患者さんを代弁する気持ちで書きます。「うちでは診られないから行きなさい」じゃなくて、「検査が必要だから相談しておくね。返事が来たら一緒に広げて相談しよう」というスタンスです。専門の医師からの返信は私にとっても宝物で、先進の治療法を学ぶ機会になります。患者さんに近い立場で、その患者さんのことを第一に考えられる。それが私の強みです。
患者さんへの接し方で大切にしていることは?

それぞれの患者さんに合わせた対応を心がけています。急を要する人にはすぐ専門の医師や医療機関を紹介し、「明日か明後日に行きましょう」と心配な期間を短くする。手術になると言われた患者さんには「ジェットコースターに乗ったつもりで、何も考えずに乗っかればいいよ」と伝えて不安を和らげます。こんな話をすると、紹介状ばかり書いているように見えるかもしれませんが、とにかくその人に一番合った医療につながることを第一に考えています。自分で診断や治療をしようというつもりはなく、適切な医療への道筋をつけることが私の役割だと思っています。
地域全体で支える医療の実現に向けて
医師会活動や地域連携についてどうお考えですか?

西成区医師会の活動に積極的に参加していますが、それは地域全体を一つの大きな病院のように機能させたいからなんです。内科といっても得意分野はそれぞれ違いますし、他科との連携も必要。お互いの専門性を生かして「この症状ならあの先生」とすぐに紹介できる顔の見える関係を築くことが大切です。例えば、今日の夕方に専門の先生に診てもらいたいという時も、電話一本で段取りできる。それが患者さんのためになります。区役所・保健センターで行われる、健診・研究会・会議等に参加することは自身の勉強になり、自院での診療にも役立ちます。このように行政との協力で成り立つ業務もあることを若い先生たちにも知ってほしいと思っています。若い先生たちにも今の時代を反映して今後引っ張っていってもらいたいですね。
これからの医院の目標について教えてください。
今までやってきたように、察して動いてくれるスタッフに支えられながら、患者さんの一番近くにいる身内のような存在であり続けたい。それが私の目標です。スタッフが先回りして準備してくれる環境があるからこそ、スムーズな診療ができています。病院完結型から地域完結型医療への移行が進む中、在宅医療との連携システムづくりも重要。病院に行く必要はないけれど介護が難しいという時に、顔の見える在宅の先生にスムーズにつなげられるようにしたい。周りの皆で顔を合わせて「この時はこの先生に」と決めておく。医療と介護の連携した拠点事業を通じて、誰もが安心できる地域医療を実現していきたいと考えています。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。

自分とマッチする病院や診療所にかかることは、実は難しいことだと思います。「あそこはいいよ」と言われても、自分の状況にマッチしなければ意味がありません。だから当院では、その人に一番合った医療につながることを第一に考えています。私は特定分野の専門の医師ではありませんが、どこの何科にかかればいいか迷っている時の窓口として機能したい。困ったことや気になる症状があれば、まず相談してください。診断はその人の長所や能力を明確にする仕分け作業でもあります。レッテルを貼るためではなく、その人らしく生きるためのサポートをしたい。「ここに来て少しでも気持ちが楽になった」と思ってもらえるよう、これからも地域の皆さんと一緒に歩んでいきます。診療を通じて、適切な環境に持っていく共同作業を一緒にしていきましょう。

