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北代 修司 院長の独自取材記事

北代診療所

(大阪市港区/弁天町駅)

最終更新日:2020/04/01

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大阪市営地下鉄中央線弁天町駅から徒歩9分、住宅街の中にある「北代診療所」。院長の北代先生の父親が50年ほど前に内科・小児科・皮膚科の診療所を開業し、以来近隣住民との密接な関係を築いてきた。北代先生は大学病院の集中治療室や米国留学を経て診療所の運営に携わり、しばらくは父親とともに地域のかかりつけ医として近隣の患者の健康維持・管理に尽力してきた。「上から目線で患者を診るのではなく、あくまで平等の立場で接するように心がけています」と言う北代先生に、伝統ある診療所と患者の健康を守っていくための心構えを聞いた。
(取材日2017年10月16日)

医師の家系で自然と医師への志が芽生えた

医師を志すようになった理由はなんですか?

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私の父は50年あまり続くこの診療所で内科と小児科と皮膚科の医師をしていました。そうした医師の家庭に育ったということがあって、幼い頃から父の仕事ぶりや患者さんとのやりとりなどを自然と見聞きしていました。そうした環境が当たり前のこととして育ったので、漠然と「将来は医師になる」という気持ちが心の中に育っていったと思います。他に何かなりたい職業がなかったので、高校になって将来の進路を決める際にも、特に迷うことはありませんでした。

関西医科大学を志望したいきさつと大学生活についてお聞かせください。

中学と高校は大阪以外の中高一貫校に通っていて卒業後には大阪に帰ってきたのですが、経済的な理由と実家から通うのに便利ということで志望校を選びました。大学生活は至って普通で、普通の大学生と同じように1、2年で一般科目の授業を受け、3年以降は専門的な領域を学習するといったものでした。クラブ活動はサッカー部に入部し、真剣に取り組んでいましたね。真面目なクラブだったので、練習も結構厳しく大変でしたが、大会で勝利した時にはうれしかったですね。

開業医として働くようになるまでの経緯について教えてください。

大学卒業後は同じ関西医科大学病院で2年間研修医として勤務しました。その後、1年間は大学付属病院の分院に出向し、大学病院に戻ってからは心臓の集中治療室で働いていました。私の勤務していた集中治療室は特殊な治療室(CCU)で、狭心症や心筋梗塞など心臓血管系の重症患者さんを対象としていました。一刻を争う厳しい職場で、やりがいもありとても勉強になりました。その後は外部の中規模病院の内科で勤務後にアメリカに留学し、帰国して街の一般病院で内科医師として働きました。郵便局系列の病院だったので、郵政民営化により閉鎖されることになり、それをきっかけに父親の運営する実家の診療所に入ることになりました。

どのようなきっかけでアメリカ留学をしたのでしょうか?

2

違う世界の空気を吸ってみたかったというのが理由です。循環器の中の特定の分野を研究したいということではなく、日本の医療機関とは違う世界に身を置きたいと前々から考えていました。アメリカのニューヨーク州に約2年間留学し、郊外の大きな病院で主に研究者として勤務していました。アメリカの医師免許は持っていなかったので、おもに研究に従事していましたが、特に心臓移植についての研究を行っていました。夜中に何度も移植手術があると呼び出されたのは懐かしい思い出です。この留学で得たものは、医学的なことはもちろんですが、それ以上にさまざまな人種と触れ合う機会に恵まれたということです。これは、日本にいては決して経験できないものでしたね。多くの人と話し、それぞれの人種の考え方について知ることができました。

父から伝統ある診療所を引き継ぐ

休日はどのように過ごしていますか?

3

休日はなるべく外に出るようにしています。体を動かすことが好きなので、ハイキングに出かけたり、近所をジョギングしたりしていますね。そのきっかけは、私自身の健康管理のためでした。もともと私は太っていたのですが、友人が日頃から走っていることを知っていたので、私もそれにならって5、6年前からジョギングを始めました。最初は近所の公園周りを走ることから始めました。周囲が500m程度の短い距離ですが、走り始めた当初はそれさえもきつくて走りきることができませんでした。自分にとってマラソンは健康管理であるとともに、限界への挑戦でもあるのです。現在も大阪の近郊のマラソンに積極的に参加したり、日頃から10km程度は走っています。週末には30kmほど走ることもあります。

そうしたご自身の体験があると患者さんへのアドバイスも説得力がありますね。

私のダイエット法はシンプルで、食べる量を小学生並みに減らすというものでした。そうして体重を15kg落とすことができたのです。そうした経験に加えて現在もマラソンを続けているからこそ、患者さんにも「10kg体重を減らそう」と助言することができるのです。これが以前のように自分が太ったままでは、いくら内科の医師だといっても説得力のあるアドバイスはできません。また、食事の順番も重要ですね。私自身は、野菜の量を多くして、食事の最初に食べるようにしました。自分ができないことは他人にも勧められないので、無茶なことは言わないように気を配っています。

患者さんに接する際に気をつけていることはなんですか?

4

いつも患者さんが自分の身内の人だと思って診察にあたっています。「もし自分の親、兄弟、親戚ならこんな治療をするだろうか」と常に自問しながら診察するということです。もし自分にわからないことが出てきた時には、他の専門の医師に引き継いで診療をお願いするようにしています。私の考え方としては、医師と患者の関係においてはどちらが偉いということはなく、全く対等だと思ってます。老若男女問わず同じように診療、会話をするように気をつけているつもりです。呼び方も「患者さま」ではなく「患者さん」と呼ぶようにしています。院長就任当初は、父が使っていた物で重役が座るような椅子を使っていましたが、性に合わず患者さんと同じ椅子に替えました。尊大な態度にならないように、対等な関係を作りたいと考えています。

今後も地域密着で近隣住民の健康を守っていく

北代診療所の強みというのは何でしょうか?

5

循環器系の病気について、見過ごされてしまうような症状を見逃さずに適切な診断することを得意としている点ですね。私は日本内科学会総合内科専門医と日本循環器学会循環器専門医の資格を持っており、多くの経験も積んできたので、そこは患者さんのお役に立てるとも思います。最近でも隠れた心筋梗塞の患者さんを発見することができました。「心筋梗塞は胸の痛くなる病気」というのが一般的なイメージだと思うのですが、私が見つけた患者さんはそういった症状の人は一人もいませんでした。患者さんが「腹痛なので点滴してください」と言われ、血圧を測ったら脈がゆっくりだったので心電図をとった結果、心筋梗塞を早期発見できて病院に送ることができました。これまで私が積み上げてきた内科疾患と循環器病への対処の経験があるので、適切な診断ができると自負しています。これは当診療所の強みだと思います。

今後の方向性について教えてもらえますか?

やはり、父が開業してこれまで運営してきたこの診療所を今後も守っていくことですね。父の代では内科と小児科と皮膚科、私が加わってからも3つの診療科を受け持っていましたが、父が引退した現在は私の内科診療のみを行っています。私は内科の医師として、自分の専門領域で今後もしっかりと診療を続けていきたいと思っています。さまざまな種類の診療科を担当したり、他の領域に手を広げ過ぎたりするのではなく、自分の専門分野を守っていくことが大事だと考えておりますので、その方針を貫いていくつもりです。

これから来院される方に伝えたい事はなんですか?

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当診療所では薬はあまり多く出さないようにしています。人間の体が本来持っている「自然治癒力」を引き出すためなんですね。最近の傾向として薬をたくさん出す医療機関もあるようですが、あくまでも患者さんの健康状態などを考えて最低限の薬を処方するようにしてます。また、できるだけ心に思っていることや困っていることは正直に話しやすい雰囲気を作るようにしています。こちらが医師だからといって、偉そうな態度をとっていては患者さんも話しにくいですし、それは私の本意ではありません。当診療所は昔からの馴染みの患者さんが多いですが、新患の方にも分け隔てすることなく接しています。内科の疾患で少しでも気になることがあれば、気軽に来院してください。

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