大谷クリニック

大谷クリニック

大谷 遷院長

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大阪市西区京町堀にある「大谷クリニック」は内科、小児科、放射線科を中心に診療。大谷遷(のぼる)院長の曽祖父が、明治時代に前身となる「大谷医院」を開業し、同じ場所で4代にわたり診療。1世紀以上の歴史を刻んでいるクリニックだ。近隣小学校の校医でもある大谷院長のもとへは、0歳児からの子どもの受診も多く、子育てや子の健康に悩む親たちも相談に訪れるという。ビジネス街という土地柄、近隣企業からの相談を受けていた経緯から、1990年のリニューアル時には健康診断や人間ドックなど検査専用のフロアを設置。がん検診や生活習慣病検診など幅広い検査に対応している。「話を聞くことも治療」だと話す大谷院長に、クリニックの歴史や現在の診療、今後の展望について語ってもらった。
(取材日2018年7月13日)

明治時代に開業、4代にわたって地域医療に貢献

―100年以上続く、歴史あるクリニックですね。

開業は1890年、1世紀以上前になりますね。明治時代に私の曽祖父がこの場所で「大谷医院」を開き、祖父、父、そして私と継承してきました。太平洋戦争の時、靱公園周辺には基地があり、この地域には戦闘機が頭上を飛び交っていました。戦後、ここは焼け野原状態になりましたが、砂場の上にバラック小屋を建て、ずっと診療を続けてきました。子どもの頃、人力車に乗せられ、祖父の往診について行った記憶も残っています。生まれた当時から、後を継ぐものだと決まっていたようなものでしたので(笑)、何のためらいもなく医師の道へ進みました。

―高校卒業後は理学部に進まれたと伺いました。

当時はまだ、医学部は専門課程しかなく、教養課程を終えることで受験資格を得るという形式だったんです。私は神戸大学理学部に2年間在籍後に試験を受け、大阪市立医科大学(現・大阪市立大学医学部)に入学。卒業後は内科に進み、血液学を専門としていましたが、その頃の病院は相談があればなんでも診療しなければならず、小児科、皮膚科、整形外科、泌尿器科、耳鼻咽喉科など、多岐にわたって患者さんを診てきました。神戸大学ではグリークラブに所属、大阪市立医科大学では野球部に所属していました。卒業後、歌とは無縁の生活だったんですが、父からクリニックを継承した後に先輩からお誘いを受けて40年以上、現在も合唱を続けています。

―こちらのクリニックは検診や人間ドックの受診も多いと聞きました。

現在のビルに建て替え「大谷クリニック」という名称となったのが1990年になるんですが、その少し前から産業医的な存在として、企業から相談を受けることがたびたびあったんです。この地域では企業が増え、健康診断の要望が高まってきたことから、建て替えを機に、人間ドックや健康診断、がん検診などのフロアを設けました。会社が行う健診や市民健診のほか、入社前健診、生活習慣病検診、半日人間ドック、各種がん検診などさまざまな検査に対応しており、申し込みや予約はホームページでも受けつけています。検査結果は項目にもよりますが、基本は郵送で、再検査が緊急的に必要な場合は、直接お電話で連絡することもあります。胃カメラなど消化器に関しては私の弟が、心臓など循環器については長男が、検査や診断にあたっています。



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