医療法人弘正会 ちもりメディカルクリニック

千森 弘子院長

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JR大阪環状線・阪神電鉄各線の野田駅、地下鉄千日前線の玉川駅から歩いて数分の場所に位置する「ちもりメディカルクリニック」は、内科・産科・婦人科を標榜しており、女性のみならず家族ぐるみで通う患者も多い地元密着のクリニックだ。院長を務める千森弘子先生は、高知医科大学(現・高知大学医学部)を卒業後、大阪大学医学部附属病院など複数の病院で勤務し、国立循環器病センターの周産期科では、ハイリスクな出産を幾度となく経験。その後、大阪大学で子宮がん研究に従事した後、現在のクリニックの前身となる「三浦クリニック」を継承し、現在に至る。「開業することは考えていなかった」と話す千森院長に、これまでの経歴や、開業に至ったきっかけなど、じっくりと話を聞いた。
(取材日2017年8月9日)

父や母の苦しむ姿をみて医師の道を志す

―なぜ医師の道へ、そして産婦人科に進まれたのですか?

小さい頃は教師などいろいろなりたいものがあったんですが、決断したのは高校生のときでした。友人が医学部をめざしていて影響を受けたんです。父が心筋梗塞を患ったことや、母が生理痛がつらく、よく寝込んでいたこともあり、もともと身近な人の健康管理に興味を持っていたということもあります。病気そのものと、患者さんの気持ちを理解したいと考えるようになったんですね。産婦人科へ進むと決めたのは大学6年の時なんです。出産や生命の誕生に感動したことに加え、高知医科大学に在籍していたのですが、高知県というのは漁業が盛んで、出産や、切迫流産など緊急時なども、漁師である父親は立ち会えないことが多いんです。家族背景などを知っている医師・病院側と、妊婦さんや患者さんとが密接な関係になっていく光景をみて、やりがいを感じました。

―大規模な病院で長く勤務され、研究にも従事されたそうですね。

大学卒業後は、大阪大学医学部産科学婦人科学教室に所属し、2年目で大手前病院で一般診療を経験しました。4年目で国立循環器病センターの周産期科に移ったのですが、ここではいわゆるハイリスクな出産ばかりなんですね。重い心臓病を抱えるなど、本来であれば妊娠・出産は諦めなければいけないほどリスクが高い妊婦さんや、未熟児や低体重児など、難しい出産・治療にあたってきました。その後、大阪大学の病理学研究室に所属し、がん遺伝子を使って子宮がん肉腫の発生起源の研究にのめりこんでいました。国内はもとよりアメリカの学会でも発表し、学術誌に論文が掲載されたこともあります。大規模な研究ができたことは今となっては大きな糧になっています。

―開業に至ったきっかけを聞かせてください。

研究生活の後、市立伊丹病院で勤務していた際に、私自身が妊娠・出産を経験しました。双子だったこともあり、子育てが大変だったため、パートタイムの勤務医となり、複数の病院やクリニックを掛け持ちで勤務する生活になったんです。そのうちの一つが、当時、大阪市福島区玉川にあった「三浦クリニック」でした。三浦クリニックの院長先生がお亡くなりになられた際、院長先生のご家族から打診があり、2006年クリニックを継承し、私が院長となりました。私自身はまったく開業志向がなかったのですが、場所や患者さんが既に存在する状態で開業する状況はめったにありませんので、やってみようという気持ちになったんです。その後、2008年に「ちもりメディカルクリニック」と院名を変更し、2010年にこの場所に移転し、今に至ります。



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