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野田 正治 院長の独自取材記事

野田内科小児科医院

(瀬戸市/尾張瀬戸駅)

最終更新日:2021/10/12

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名古屋市のベッドタウンとして大規模に整備された菱野団地の一角に「野田内科小児科医院」はある。尾張瀬戸駅から車で約5分、先代の院長が1970年に開業し、1991年からは2代目となる野田正治先生が院長を務める、歴史のあるクリニックだ。中庭が見える広々とした待合室に入ると、トリアージの役割を担った看護師が常駐するオープンカウンターが目を引く。その奥には内科・小児科それぞれの診察室と、感染症や重症患者のための隔離室、中待合などに利用するための個室が設けられている。地域に密着したクリニックとして日々診療にあたる一方で、医師会の活動にも力を入れている野田院長に、いろいろと話を聞いた。

(取材日2018年12月14日)

世の中のすべてのことを知るため医学の道へ

開業にあたってこの地を選ばれた理由を教えてください。

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父親が医師で、この場所で開業していました。1970年にこの団地ができて、名古屋市から家族で引っ越してきたんです。僕が高校3年の時でした。当時から周りの大人たちは僕が父の後を継ぐことを当然だと思っていたようですが、そう決めつけられるのは嫌でしたね。小学校の作文には「医者になりたい」というようなことを書いてもいたんですが、高校生の頃は哲学者か生物学者になりたいと思っていました。世の中のすべてのことが知りたいと考えていて、その点医学は科学や化学から哲学や宗教にも関わっているので、最終的に医学部に進むことに決めました。でもそれが真理なのかどうかは、いまだにわかっていませんが(笑)。

医学部に進んでからの経緯を教えてください。

大学時代はみんな僕が生化学者になると思っていました。というのも、他の学生が難しいと苦労していた生化学の授業の概要をプリントにまとめて「今期の授業の内容はこうだったから試験のヤマはこれとこれ!」と、1時間ぐらい時間をつくって、学生ながら同じ学生相手にレクチャーしていたんです。そんなことをしていたので、みんな僕が生化学者になるのだろうと思い込んでいました。でも自分ではその時はまだ白紙の状態でした。その後、内科を選んだのはこれも医学部に進んだ理由と同じで、すべてを学ぶためには内科が最も適していると考えたからです。大学卒業後は勤務医として勤めながら、先輩医師たちの勧めで呼吸器の研究をしていましたが、父親が急逝したため当院を引き継ぐことにしました。

医院を引き継ぐにあたって、変えたところはありますか?

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元の建物は残しましたが玄関の位置を変え、それまでガラスで仕切られていた受付と薬局を現在のようなオープンカウンターにして看護師が常にそこに立っているようにしました。また、具合が悪い患者さんなどに対して目が届きやすいように、カウンターのすぐ裏に隔離室を造りました。他にはプライバシーが保てるスタッフルームを造り、薬品庫やカルテ倉庫なども別に。内科の診察室とは別に小児科の診察室と隔離室、予防接種に使う部屋もそれぞれ設けました。当初は小児科も僕が診ていたんですが、患者さんの数が増えたので、妻が診察するようになりました。ただ最近は菱野団地の高齢化が進み、子どもの数は減りましたね。

トリアージ制を導入し緊急性の高い疾患と感染症に対処

診療にあたって心がけているのはどんなことですか?

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医療パターナリズム(医療における決定権のすべてを医師が持っている状態)ではなく、とはいえ友達・親戚関係でもない、落語に出てくる長屋の大家さんとか、そういう存在でありたいですね。自分が診察を受ける側になればわかることですが、病院で診察券を出した後、いつ呼ばれるのかわからずに待っているときの不安な落ち着かない気持ちとか、顔見知りの先生なのに診察時の説明が職業的な口調になってしまうのが気になるなど、他の医療機関に受診や用事で行った機会に気づかされることも多いですね。受付をオープンカウンターにしたのも、そういった経験を通して思いついたことです。

看護師さんによるトリアージ制について具体的に教えてください。

診察を受けつけたら、まず看護師が患者さんのところへ行き、その時の症状や、診療に対する希望などを直接お聞きします。その時点で緊急性が高い患者さんに対しては優先的に必要な処置をしたり、感染症が疑われるときは隔離室へ案内したり、患者さんの状態に合わせた対応をします。看護師が常にカウンターに立っているのは、具合が悪そうな患者さんがいれば声をかけるなど、常に患者さんに目を配るためです。また、看護師に言い忘れたことを患者さんのほうから伝えに来ることも多く、それによって重要な情報が得られることもあります。

患者さんへの接し方について気をつけていることはありますか?

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医師という職業は、大学を卒業した途端に先生と呼ばれますから、急に偉くなったように錯覚してしまう人もいるかもしれません。でも実際はそうではないんだという意識を常に持っていたいですね。また、看護師や事務のスタッフも含め、お金のためだけではなく、患者さんのために働いているのだという意識と、仕事に対する誇りを持つことも重要です。自分のしていることが誰かの役に立ち、感謝されているのだと知ることで、その仕事を一層深く勉強し、積極的に関わろうとするようになります。よく驚かれるのが、うちのスタッフは全員で講習会や講演会に行くんですが、僕が行きなさいと言ったことはありません。「働く」というのはそういうことで、単なる歯車の一つとしてではなく、自分たちで考えて動くことだと思っています。

在宅医療は最期まで看取ることが大事

在宅医療にも積極的だそうですね。

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在宅医療は通常の診療の一環として、以前から行っています。現在診ている患者さんは20人ぐらいですね。在宅医療では最期まで看取ることが大事なので、スタッフにもその勉強をしてもらっています。内容は院内での診察と基本的に同じですが、看護師が処置などをしている間に、部屋の中をよく観察するようにしています。例えば魚拓が飾ってあったら、患者さんに釣りの話を振ってみたり、本棚に並んでいる本のタイトルから仕事や趣味について聞いたりします。そういったことをきっかけとして、患者さんの生活から病気のこと、そして最期の迎え方まで話が進められるようになります。それが最初に相手の懐に入るための大事なところだと思います。自分のことを理解してくれない人に本音を話せるわけがありませんから。そこができれば、あとは普通に診察できます。

今後の展望はありますか?

自分としては現在のスタイルで続けていくしかないなと思っています。でもこの中にいるだけでは、世の中の問題を何も解決できないので、愛知県医師会の理事など、院外での活動もしています。PTAの会長を引き受けたのが縁で、瀬戸市の教育委員も7年ほど務め、教育委員長も経験しました。基本的に頼まれたら断らないというスタンスで、警察医と特別支援学校の医療的ケア指導医もしています。社会的な要素が複雑に絡んでいて、自分のクリニックだけでは解決できないさまざまな問題に対して、自分の利益のためではなく、医師としての立場からコミットしていきたいですね。でもそんなに難しく捉えているわけではなく「今足りないのは何か」と考えれば、自然と「これをやらなくては」ということになっていきます。思いついたら止まれないんですね。マグロのように常に泳いでいないとだめなのかもしれません(笑)。

最後に、読者に向けたメッセージをお願いします。

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「風邪をひきました」と来られる患者さんには風邪薬を処方するのが当然だと思われがちですが、当院ではその前にまず「本当に風邪なのか」を確かめます。その結果半分以上は違う病気です。これは「ピットホール」と言って、誰もが陥りがちな落とし穴なんです。同じ仕事をずっと続けていると、それに気づかないことがあります。熱が下がらないという患者さんを診て「珍しい病気だけど亜急性甲状腺炎じゃないかな?」と思って触診したらそうだったこともありました。起立性低血圧も、自分ではそうと気づかずに来られることが多いので、疑わしいときは時間はかかりますが起立試験をして確かめます。テレビやインターネットで見た知識を得て来られる方も多く、またそれが当たっていることもあるので必ずしも悪いとは思いませんが、まずは先入観を持たず、素直に症状を話していただきたいですね。

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