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小野田 嶺雄 院長の独自取材記事

小野田内科

(豊橋市/豊橋駅)

最終更新日:2019/11/12

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今年で豊橋市に開業し32年の「小野田内科」。院長の小野田嶺雄先生は、パーキンソン症候群などの神経難病に長年向き合ってきた。数多くの症例を診てきた経験から、混同しやすい神経難病の症状を見極め、適切な治療につなげることを心がける。「神経内科を専門にする医師は、ほとんどいなかったんです」と当時を振り返る小野田院長。開業当初から、院内設備や段差のないバリアフリーの造りにこだわっていたという。「神経難病に限らず、地域の皆さんのかかりつけ医として幅広く診療にあたりたい」と話す小野田先生に、これまでの経歴や思い出に残っているエピソードについて、また院内のこだわりについても話を聞いた。
(取材日2019年10月7日)

各自の良さを生かす、2人体制での診療

開業経緯を教えてください。

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私は北設楽郡で生まれ育ちましたが、高校時代は豊橋市に通学していました。東三河地方の中心地は豊橋市ですから、1988年に開業する際も豊橋市内で探しました。その頃はこの近辺にあまり建物はなく、今より寂しい印象でしたが、バスも通っていて便利な地域ですしね。開業してからも神経難病の研究を続け、最も力を入れていたのはパーキンソン症候群です。日々数多くの患者を診ていましたね。また、かつては東北地方の風土病のように考えられていたツツガムシ病を、この地域で診断したこともありました。ツツガムシ病を知る医師の言葉がヒントになり、診断につながったんです。

現在の診療体制について教えてください。

5年ほど前から、息子である副院長と2人体制で診療にあたっています。私の専門は神経内科ですが、副院長の専門はリウマチや感染症です。大規模病院では扱っているところもありますが、一般のクリニックでは少ないかもしれませんね。各自の専門分野はありますが、それに限らず、地域の皆さんのかかりつけ医として体の不調全般を診ています。私は胃の内視鏡検査やバリウム検査も含め内科全般を幅広く診ていますが、副院長は得意分野を深めるタイプです。それぞれの良さを生かし、担当した患者さんは治療が終わるまで責任をもって診療するスタイルにこだわっています。

これまでで印象に残っている患者のエピソードを教えてください。

2

幅広い年代の患者さんを診てきましたが、ある子どもの患者さんが印象に残っています。12歳くらいの患者さんなのですが、たびたび高熱を出すことがありました。内科や大学病院で検査しても原因がわからないままでした。私はその症状を診て「心の問題から心身の不調が生じている」と判断し、精神分析を用いて診療を進めました。その患者さんは家族との関係で悩みを抱えており、それが不調の大きな原因だったようなのです。このような症例を診て、内科で精神分析を生かしたいという思いがさらに強くなりました。

神経難病の存在を知り、神経内科の道へ

先生はなぜ神経内科を専門に選んだのですか?

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私が名古屋大学を卒業した当時は、診療科がまだ細分化されておらず、一通りの研修をする時代でした。その研修の中で、心身のストレスを抱えている患者さんに接しました。「死んでしまうのではないか」とパニックになっているその患者さんは、心身症だったのです。その時、心理的な要因から生じる体の不具合があることを知りました。内科でももっと精神分析を生かせないかと調べるうちに、筋萎縮性側索硬化症など神経難病の存在を知ったんです。そのような経験から「重篤な神経難病の患者さんを診たい」という思いが強くなりました。神経内科を専門にすることを決意してからは、亜急性硬化性全脳炎など重篤な神経難病の研究を長年重ねてきました。

神経内科を専門にする医師は少なかったそうですね。

そうですね。私が研修医になった頃、心身症や神経難病を診る医師はほとんどいなかったと思います。名古屋大学卒業後に勤務先を名古屋第二赤十字病院に決めたのは、当時では珍しく神経内科を取り扱っていたからです。その後名古屋大学に戻った頃は、ちょうど診療科目が細分化され始めた時期で、すでに神経内科の医師が2人いましたね。新城市民病院には神経内科がなく、内科の副医長として勤務しました。他院では神経内科の医師が私1人ということもありましたし、神経内科の医師がいない医院では、非常勤で診療にあたることもありました。必死でしたが、神経内科の診療経験のある医師が当時はとても少なかったんです。

診察で心がけていることを教えてください。

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神経難病はいくつかありますが、症状がとても似ています。症状に合った治療方針を立てるためにも、その違いを見極めることが大切です。例えばパーキンソン症候群とパーキンソン病。名前は似ていますが異なる病気です。さらにパーキンソン病と間違えられやすいものに本態性振戦がありますが、これも震えが生じるという点では似ていますね。ですが震えの出方が違うんですよ。私はこれまで神経内科を専門として、数多くの症例を診てきました。診察ではその経験を生かし、震えの状態や左右差を見極めて診断していきます。難病の治療にはお金もかかりますが、患者さんの経済的負担はできるだけ少なくしたいですね。

患者のため、床の配色にまで心を配る

院内の設備についても教えていただけますか?

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コンピューター断層撮影用のCT機器、超音波検査用のエコー、リハビリテーション用の首や腰のけん引装置、マイクロ波照射装置も設置しています。実はすべて開業当初からあるものです。当時CTを導入しているクリニックは少なかったのですが、手元にCTがあれば結果がすぐわかり、診療の見通しもつきやすい。そう思って最初から導入しました。大学病院でCTを撮るとなると、患者さんにも手間をかけてしまうし、結果を取りに行くために時間もかかってしまいます。担当医師が検査してすぐに診断に活用できる環境は、患者さんの負担軽減や安心にもつながりますからね。

入り口や診察室にも工夫があると伺いました。

入り口から診察室までは完全にフラットな状態です。今でいうバリアフリー仕様でしょうか。開業時は「入り口には段差があって当たり前」という考えが一般的だった時代。ですが神経難病の患者さんの中には歩きにくい方もいらっしゃいます。患者さんの安全に配慮するためにもこの構造にしました。もう1つのポイントは床の色です。床はクリーム色ですが、ところどころ茶色く塗ってあります。これも神経難病の患者さんの歩きやすさを考えてのことです。1色で塗られた床だと、パーキンソン病の患者さんは歩きにくく転んでしまいます。ですが随所に他の色を塗ると、なぜか患者さんは歩きやすくなるようなんです。診察室の椅子にも工夫があるんですよ。椅子を硬くしてあるのは、立ち上がりやすくするため。やわらかくて沈みすぎると、患者さんが立ち上がりにくいですから。

最後に、今後の展望をお聞かせください。

6

5年前に息子である副院長がクリニックに入りました。最初は非常勤での勤務でしたが、3年前からは完全に2人体制になりました。いずれは副院長に引き継ぐことになります。受け継いでほしいことは特にないのですが、自然と声や話の内容が似ていて、親子なんだなと感じます。副院長の患者さんからの評判はとても良いようなのですが、私も生涯医師でありたいと思っています。皆さんのかかりつけ医として、これからも幅広く診療にあたりたいですね。

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