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金子 晴生 院長の独自取材記事

金子内科

(名古屋市中区/栄駅)

最終更新日:2020/04/01

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たゆまぬ努力と情熱、そしてグループの一員としての誇りを胸に診療に臨むのは、「金子内科」で院長を務める金子晴生先生だ。大規模な総合医療グループに名を連ね、名古屋市の繁華街である「栄」の中心に院を構える。明るくユーモラスな性格と柔和な相貌は、診療となると熱情あるまなざしに早変わりする。努力と勉強による精進を心がけ、患者の心を包み込む温かな診療をモットーとする金子先生に、診療の心構えやエスエルグループの特徴を聞いた。
(取材日2016年6月27日)

若くして院を継ぎ、努力を持って結果を出す

33歳の若さで医院を継がれていますね。その理由や、医師を志したきっかけなどを教えてください。

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医師である父親の姿に憧れ、小学校の頃から医療の道を志していました。また、幼くして喘息を患い、弱い自分が嫌だったからというのも、医師をめざした理由にあると思います。私は東京の御茶ノ水に生まれ、当時は勤務医だった父の転勤に合わせて三重県四日市市に移り住みました。そこで、四日市ぜんそくにかかってしまいました。四日市高校から日本医科大学に進み、同大学の大学院を卒業しました。循環器の学位を取得し、日本医科大学や茨城県鹿島市の病院などに勤務。先端の医療に触れ、病棟長を任せられるなど医師としての経験を積んでいた頃に、母親から連絡がありました。父が心筋梗塞で亡くなったと。何の前兆もなく、あまりに突然でした。父が残した当院を継ごうと決めたのは、その3日後です。決めたのは、「金子内科」は私にしかできない。そう思ったからです。

技術的にも精神的にも苦労されたのでは?

本当に大変でした。まず、院の継承についてです。当院が所属している「エスエル医療グループ」内では、血縁での院の継承という前例がありませんでした。グループに所属するにはいくつもの審査を通る必要があり、簡単ではありません。幸い、グループにおられる先生が後押ししてくださり、入会が認められて院を継承できました。また、父は消化器科として開院したため、私もその勉強をする必要がありました。難関となるのが内視鏡の操作や診断技術です。そんなとき、声をかけてくれたのが鹿島市の病院の先生でした。内視鏡の技術を教えてくれると言うのです。月曜日から水曜日までは名古屋で診療をし、水曜日の夜に新幹線と高速バスで鹿島市へ直行。木曜日から土曜日まで内視鏡技術を学び名古屋に戻る。そんな生活を半年間続け、内視鏡の技術を身につけたんです。

医師の家系とお聞きしました、やはり両親から医師になれと言われていたのですか?

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さかのぼれば江戸時代で、先祖は御典医だったそうです。私で7代目ですね。そんな家系でも、父親から医師になれとは一言も言われませんでした。ただ一つ、「金もうけのために医者になると辱めを受けることになるぞ」と言われたことは、はっきり覚えています。医師は激務なため、言われてなるようでは続けられないと考えていたのかもしれません。父は、本当に厳しい人でしたから。ただ、父の葬儀の際、患者さんからあんなに優しい先生はいないと言われたのには面喰らいましたね。家族に見せる顔と患者さんに対する顔は変える必要があったのでしょう。私も親になり、その時の父の気持ちや考えがやっとわかったように思います。なぜなら、私の態度や行動が、当時の父とそっくりだからです。同じにしているつもりはまったくないのに、血というのは怖いですね(笑)。

人情に富んだ「患者に寄り添うドクター」

循環器を専門にしようと思った理由を教えてください。

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大学を卒業する頃に、人は心臓で亡くなると言われたのが決め手でした。つまり、心臓を制すれば病気を制せると考えたからです。心臓というのは、診療の基本にして中枢だと思っています。ほかの臓器や疾患に関する知識があったとしても、心臓を知らないと、そうした技術を最大限活用するのは難しいのではないでしょうか。私は心臓に関する研究で循環器の学位を取得し、米国の学会で発表してきました。専門医としては、日本循環器学会循環器専門医の他、日本内科学会総合内科専門医、日本東洋医学会漢方専門医の資格を持っています。

先生が得意としている診療を教えてください。

患者さんに寄り添い泣かせることですかね(笑)。患者さんは、本当にいろいろな悩みを抱えて病院に来るんです。痛みだけじゃなく、心情的につらくて来院する方も非常に多い。私は、患者さんの話を、とことんまで聞くとことを心がけています。雑談であれ、重い悩みを打ち明けるのであれ、どんな時でも全身全霊で話に耳を傾けます。悩みを打ち明けた患者さんは、思いがけず涙があふれる方もいらっしゃるんですね。今まで言えなかった、誰も聞いてくれなかった、そんな悩みを全部話したことで重圧から開放されて、感極まってしまうのではないでしょうか。近年はストレス社会で、心の病を抱えている大人は大勢います。見えない病気のケアをするのも、医師の大切な使命だと思います。また、患者さんとの会話には、治療への重要なヒントが隠されている場合も少なくありません。コミュニケーションとは、最適な診療の第一歩だと思っています。

コミュニケーションを重要する先生にとって、特に心に残っている患者さんとのやり取りはありますか?

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ありませんよ、心に残っているのはすべてに決まっています。「誰か一人」とか、「特にコレ」とは意識したこともないですね。患者さんは一人ひとりが特別な思いを持っているものです。それぞれが異なる考え、すなわち自己を持っているのですから、それを尊重することが何より重要。私としては出会う患者さんすべてから影響を受けていますし、いろいろなことを教わっていると思っています。私は、金子内科が「アンカークリニック」になれば良いと考えているんです。あちらこちらの医院に行っていた人が、最終的に私のところで診断が出て、満足して帰っていく。そのためには努力あるのみで、日進月歩の医療についていく、コミュニケーションを取る、週刊誌の話題を把握しておくなどの勉強が大切。来院する患者さんそれぞれに、最適な医療を提供し、患者さんにとっての特別になれればうれしいですね。

スペシャリストが集結したエスエルグループ

先生が所属するエスエルグループについて、どういった組織なのでしょうか?

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1つのビルの中に36もの医院がある、大規模な総合クリニックグループのことです。世界的に見ても、これほど大きな医療グループは珍しいでしょうね。最大の特徴は、セカンドオピニオンを容易に受けられる点でしょう。医師からしたら、自分の得意でない領域や、診断に確信が持てない場合、すぐにほかの医師を紹介できるわけです。そして患者さんは、数メートル歩くだけで別の専門医から正確な診断が受けられます。ビルの中に専門医がそろっているわけですから。このスピード感や他の先生へのアクセスの良さが、医師と患者の間にウィン・ウィンの関係を生み出していると思いますよ。事実、非常に多くの患者さんを助けられましたから。

多くの医者が居る状況というのは頼りになるし、自身も成長できそうですね。

それぞれの先生が、ご自身の分野を全うしたいと考えていますからね。グループ全体の士気は本当に高いと思いますよ。ベテラン医師も大勢いますし、皆さん気持ちは若々しいですから。我々も定期的に勉強会を開き、知識や技術の共有やブラッシュアップをしています。常に最先端のことを意識し、切磋琢磨していますよ。たくさんのすばらしい先生が身近に居て、その先生方にも常に試されている、チェックされていると心に留め、緊張感を持って診療に臨んでいます。たゆまぬ努力こそが、医師の本分ではないでしょうか。

先生がめざす医療や医院のあり方を教えてください。

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先ほども言った、アンカークリニックになること。ここに来れば、答えがもらえると患者さんに思っていただけるようになりたい。そして、診療において何が足りないのかが判断でき、その原因を解消できる自分で居られるよう、努力を怠らずに精進していきたいですね。まだまだ、経験も研鑽も必要だと思っています。私は、医者が天職だと思っています。父がそうであったように、「一生勉強」の精神をモットーとして、現場に立ち続けていきたいですね。患者さんは、どんな小さなことでも相談に来てほしいと思っています。私の専門でなくても、グループ全体が一丸となって診療に当たりますから。お気軽にお越しください。

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