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上野 美智代 院長の独自取材記事

宮永医院

(名古屋市北区/名城公園駅)

最終更新日:2019/08/28

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名古屋城や名城公園など自然環境豊かな名城公園駅から徒歩5分。名古屋城の鬼門の守護神として崇敬された深島神社に見守られるようにたたずむ「宮永医院」にたどり着く。外壁のレンガ調が住宅街によくなじむ、父の代から街の人々の健康を守ってきたかかりつけ医だ。二代目院長を務める上野美智代先生は大学病院で呼吸器内科を専門とした後、1988年に先代院長である父の後を継いだ。患者の「家庭内の交通整理も一緒にすることが多い」と語る笑顔が印象的な上野院長。親しみやすく、気取らない下町の雰囲気が温かい同院、患者は0歳から105歳までと幅広い年代から厚い信頼を集めている。上野院長のこれまでの歩み、患者との信頼関係、医師としての思いをたっぷりと語ってもらった。(取材日2016年8月23日)

終始笑顔で患者とはフラットな信頼関係が信条

ホームページ上の「0歳から100歳まで 心を込めて、良き隣人であれ。」という言葉が印象的でした。

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当院のポリシーです。皆さん、何を誰に相談していいのかがわからずに困っていらっしゃるので、患者さんの体調のこと以外にも、ご主人、お子さん、お孫さん、ひ孫さんまでの心配事までいろいろお話しいただいてお答えするようにしています。そうすると患者さんも安心してくださるのか、次に来られたときには「医者と患者」というより「言いたいことが言える隣人」というラフな感覚になっていただけるような気がしています。体の不調がご家庭内でのさまざまなトラブルが原因になっている場合もたくさんあるので、その辺から解決していく。家庭内の交通整理も一緒にすることも多いものですから、どうしても患者さん本人だけじゃなくファミリー全体という感じになってきてしまいますね。皆さんからおせっかいおばさんと呼ばれることもあります(笑)

何でも話せるかかりつけ医、患者さんにとっては心強い存在ですね。

患者さんとは友達関係のような感じですので何でもお話ししていただけますが、他の病院に行くと皆さん「借りてきた猫」のようになられるみたいなんですよね(笑)。うちは大きな病院への紹介状もよく書くのですが、紹介して「あちらの先生なんて言ってた?」って聞いても、病院の話を聞いていない。今、名古屋市は病診連携でいろいろな情報をインターネットで見られるようにもなっていますから、それを確認して、こちらで噛み砕いて、「こう言われたでしょ?」と言うと、「あらそういうことだったのね!」と。うちは真ん中の架け橋ですね。最先端の医学はどうしても大きな病院に任せないといけませんからね。

どんな患者さんが多くお見えになりますか?

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10年くらい前まではこの辺りに小児科が少なかったので子どもがとても多かったんですが、今は3世代ですね。生まれてすぐの赤ちゃんから105歳まで、ここ下町の雰囲気そのままのあらゆる年代を診る昔ながらの家庭医です。あと、ちょうど私たちがここを始めた頃に生まれた子どもたちがお母さんになる年齢なので、その子たちが自分の子どもを連れてきてくれます。

患者の話を聞く・受け入れることをまず第一に

奈良県立医科大学ご卒業からのご経歴をお聞かせください。

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大学の呼吸器内科に3年残ってから外に出て、娘を産んだ頃に医師である主人の留学で一緒に渡米しました。3年後、2人目の娘が産まれて帰ってきたので、なかなかすぐに就職するのは難しく、パートで医者を続けていました。その後、父が1987年に亡くなってここを継ぐことになったのです。呼吸器内科を専門にしたのは、私自身が喘息持ちだったことが大きいですね。私は4人姉妹の長女なんですが、私と末の妹が喘息で何回か死にかかって二十歳過ぎまで生きてこられたのが奇跡みたいなところも実際あって。2人とも医者になり、私は内科に入るなら呼吸器と考えていました。昔は在宅酸素療法というのがなかったため、医者だった父に無理やり酸素を入れてもらって無事に生きてこられたのが、その2人なんです。喘息がどれだけしんどいかは身をもって体験しています。

医師をめざされたのはお父さまの影響なんですね。

父の影響もありますが、昔は男女で同等にお仕事ができるとすると、当時は医者と弁護士と教師しか思いつかなかったんです。本当は法学部に入って弁護士への道を歩みたいと思っていましたが、もともと私は自分の考えを主張するのが得意ではなく、とりあえず受け入れてという姿勢が多いので……弁護士は主張したりすることが仕事ですから、やはりちょっと向いていないのかなあと。きっと医者の方が向いていると思って土壇場で方向転換しました。実際、現在医者として患者さんの話をひたすら最後までずっと聞いています。

患者の話を聞く・受け入れることが先生の医者としてのスタイルなのですね。

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話し終わると患者さん自身も納得されるのでずっとそうしてきましたし、昔はそういう医療が主流でしたよね。現代主流の「とりあえず問診票に印をつけてもらってそれをコンピューターで打ち込む」というのは向いていないみたいです。こう見えて私は、大学に入るまであまり自信がなくて口数も少なく、聞かれたことしか答えない子だったんです。だから患者さんはみんな若い頃の私と一緒で言いたくても言えないんだろうな、って感じてしまうんですね。あと渡米した3年間はさまざまな国の人たちと同じ目線で話をして、どこの国出身だからといって偉そうにするわけでもなく、職業で区別することもなく。そういった経験が身についているのかもしれません。

患者さん自身の尊厳を守るための意思表明書

診察の際に心がけていらっしゃることは?

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こちらに入っていらっしゃるときの歩き方や姿を全て拝見した上で、「どうされました?」って伺ったときにどんな言葉が返ってくるかで、その方への対応法やどういう言葉を使ったらよいかをある程度判断しています。たとえ一つ病気が見つかっても、必ず一つじゃないと思って診ているので、皆さんお腹まで診るようにしています。必ず自分の目で診て、耳で聴いて、聴診器を当てて、お腹も触って、血圧も測る、それで得られる情報量って本当に多いんですよ。聴診器を当てれば不整脈もわかるし、血圧を測っているときにもう一度取れる。胸の音も前向きの音と後ろ向きの音を聞けば2回確認できますよね。機会は多い方がいいんです。

希望者には「終末期の医療・ケアについての意思表明書」を渡していらっしゃるのですね。

今は高齢者が多いので、何をやってほしい・ほしくない、人生の最期に管を入れたい・入れたくない、最期の時にこれをしたい、など必要事項を埋めていただいて、日付を書いて、ご家族の方にも把握してもらって、保険証と一緒に保管しておいてもらいます。例えば一人暮らしでがんの末期だと、手術をすることで寝たきりになってしまうかもしれない。だったら最後まで食べられる状態でいられる方を選びたいという方もいらっしゃいますし、最期長引かずに死にたいという方もいらっしゃいます。患者さん自身の尊厳を守るために最低限これは用意しておいた方がいいよとお渡ししています。救急車で大きな病院に連れて行かれたら医者としては生かすのが仕事ですので、いろいろ管をつけることになるのは仕方がないですよね。逆にしなければ医者は訴えられますから。でもこの証明書を持っていることが意思表明となり、持っていたからやらなかったと医者も言えるのです。

信頼関係があるからこそ終末期についてのお話しもできるのですね。

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父が自宅で亡くなるときに看取ったのですが、最後の最後まで点滴を拒否したんです。自分が食べられる間でいい、それ以上何もするなと。それで本当に水も何も飲めなくなって3日目に亡くなりました。私はそれを見て人生観が変わりまして、それまでは人間最後の最後まで心マッサージまで頑張ろうというのがあったのですが、やらなくていいのではないかと感じてしまうほどでした。個々の人生観によりますが、最後くらい自分のポリシーに従っていいようにも思います。

最後に読者に向けてのメッセージを。

たとえ病気が良くなったとしても不幸せな人もいるし、逆に病気が悪くても幸せな人だっています。だから病気だけにとらわれないで、全体像を見て、精一杯楽しく人生を送ろうよというのがスタンスです。みんな等しく人生にはゴールがあるので、精いっぱい楽しんで、自分が満足できれば、心残りにならないのかなと。そうお話しています。医者というよりお坊さんの台詞ですかね(笑)

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