猪子内科クリニック

猪子内科クリニック

猪子 哲朗院長

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名古屋市営地下鉄名城線の黒川駅から徒歩10分。北区を流れる黒川沿いに「猪子内科クリニック」はある。院長を務める猪子哲朗先生は、この地で生まれ育った地域住民の一人だ。「人が温かく、アットホームな雰囲気の町です」と朗らかな笑顔で話す姿からは、地域に対する深い愛情が感じられる。クリニックの診療以外にも、週3回は13時から16時までの昼休みを利用して訪問診療に取り組むなど、地域住民に尽くし貢献してきた姿勢が垣間見える。そんな猪子院長に、日々の診療に対する姿勢や、訪問診療、看取りについて、患者への思いなどじっくり語ってもらった。
(取材日2019年3月12日)

患者とじっくりと向き合う医療をめざし内科の道へ

―お父さまの代から続くクリニックだそうですね。

はい、もともとは僕の父がこの場所に外科の医院を開業して、50年ほど診療しておりました。その頃は4階建てで、入院患者が常時50人前後いるような医院でしたね。2007年に父が亡くなり、僕が後を継ぐことになったのをきっかけに建物を全面的に建て替え、現在のような平屋造りになりました。僕はこの地域で育ったので、小さい頃からクリニックの前にある黒川を見て大きくなりました。昔はお世辞にもきれいとは言えませんでしたが、今は整備されてとてもきれいになりましたね。春になると川沿いに桜が咲くので、それを楽しみにしている患者さんも多いんですよ。

―大学卒業からクリニック継承までのご経歴を教えてください。

1992年に愛知医科大学卒業後、大学の医局に1年半程在籍していました。その後、港区名港にある臨港病院での研修を経て、岐阜の垂井町の博愛会病院に勤務していました。父が亡くなったのは、ちょうど勤務し始めて1年半した頃。クリニック継承に伴って、私の専門である内科のクリニックに生まれ変わりました。大学病院では、糖尿病や消化器疾患の診療が中心でしたが、人工透析などをはじめとした腎臓疾患を診る機会も多かったですね。臨港病院では、地域的なものもあると思いますが、多くのご高齢の患者さんを診療してきました。今でも1ヵ月に一度、臨港病院で当直をしているんですよ。

―医師をめざされたのは、お父さまの影響が大きいのでしょうか?

身近にいましたから、その影響は当然大きなものだったと思います。子どもの頃は、父が医師として働く姿を「忙しくて大変そうだな」と、ただ漠然と感じていただけでした。でも高校に入って進路を決断するときには「自分も父と同じ医師になりたい」と思うようになっていましたね。「父の後を継いでほしい」という母の強い希望も影響していたかもしれません。医学部に進学して専門分野を決めるときは、父のように細かな手技を磨いて手術を行う外科よりも、お話しをしながらゆっくり患者さんと向き合う方が自分に合っていると思い、内科を選びました。



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