黒川医院

黒川 豊院長

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「大切なのは認知症の知識ではなく関心です。認知症の人を地域ぐるみで支える仕組みづくりを全国で進めていくことが急務だと思います。」と話す黒川豊先生が院長を務める「黒川医院」は地下鉄東山線の池下駅から徒歩7分の住宅街にある。リウマチ科で学び、総合診断をする内科医として勤務する傍ら、当時では珍しい認知症を診る病院の立ち上げを手伝ったところから認知症との関わりが始まる。1996年に現在の黒川医院を父より継承し診療を始めたところ、認知症関連の患者や家族からの相談の多いことと、認知症に対応できる医療関係者の少なさに驚き、危機感を感じた先生は、医師会、医療や介護の担い手、行政や地域の関係者へ声をかけ、認知症対策のネットワークづくりをはじめた。
(取材日2016年7月13日)

増え続ける認知症と内科医として感じた危機感

―内科医を志したきっかけを教えてください。

若い頃は心臓外科など、メスを持つ外科医になりたいと思っていました。しかし、私自身、敏感肌で刺激に弱く、手荒れがひどくてどうしようもならなかった。よくテレビなどでも見かける、医師が手術前に厳重に手を洗う光景ありますでしょう。あれができなくて、外科医になるのを諦めました。そして自分は医師としてどうあるべきかを考えた結果、総合診断ができる内科医をめざそうと決めたんです。総合診断ができる内科医は、さまざまな疾患にある程度精通していて、患者さんに対して適切な場所、治療へ導く案内人のような役割を期待されています。リウマチ科は患者さんの症状がでる原因がさまざまで、精神科、皮膚科、眼科、整形外科、消化器科など色々な科目に病気が重なる特徴があり、私はリウマチ内科を持つ母校でお世話になることにしました。

―認知症との関わりはいつからだったのでしょうか?

浜松赤十字病院にいる間に、知り合いの病院の立ち上げを手伝うことになりました。それが私と認知症との出会いですね。当時の世間からの目線は、認知症の人イコール半分精神的におかしくなっている人たち、という扱われ方でした。立ち上げた病院は認知症患者さんを見る為に、精神科登録で、閉鎖病棟がで50床、全体で150床でした。私はそちらで10年ほどさまざまな認知症の症状を持つ患者さんを診た後に、父の後を継ぐタイミングとなりました。

―医院を継承されてすぐに認知症対策を始められていますね。

1996年にこちらの医院を継承し診療を始めました。帰ってきて驚いたことは、認知症に関する患者さんや相談件数の多さです。浜松の認知症対応病院であれば、認知症の患者さんを診断したあと、治療方針を決めたら指示し、必要な治療ができたのですが名古屋では認知症患者への適切な対応を知っている人があまりいないことに気がつきました。対して患者さんや相談件数は増える一方です。その状況を見て、私は認知症の治療やケアの担い手が不足していることと、医療関係者だけではなく、家族、地域の人が認知症に対しての知識をつけ、理解が深まるような環境づくりをしなければならないと感じ、地域のかかりつけ医として何ができるのかを考えた末、医師会や地域、行政など多方面に声をかけ、地域ぐるみで認知症について学べる勉強会を立ち上げました。



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