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松島新吾 院長の独自取材記事

松島眼科クリニック

(海老名市/海老名駅)

最終更新日:2019/08/28

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北部には住宅や商業施設、南部はのどかな田んぼが広がるユニークな町、海老名市。「松島眼科クリニック」は1997年7月にこの場所で開業した。院内は一度改装されていることもあり、開業からの長い歴史を感じさせない清潔で明るい印象。待合室はベージュを基調とした色使いでリラックスできる雰囲気だ。院長の松島新吾先生は、白内障手術を数多く経験しており、手術のために遠方から足を運ぶ人もいる。しかし、「白内障手術は眼科治療のごく一部」と述べ、あくまでも目のトータル治療をめざしているのだ。穏やかで、患者の質問にも丁寧に答える。研究熱心で、実は料理も得意という一面を見せる松島先生に、眼科医となった経緯や今後の展望を語っていただいた。
(取材日2015年4月30日)

身近だったからこそ踏み出せなかった眼科への道

医師としての道を志したきっかけは何ですか?

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眼科医だった父の影響です。父は恵比寿で小さな診療所を開業していたのですが、患者さんに対していつも優しく、暇なときには白衣姿で僕とキャッチボールしてくれたことを今でも覚えています。そうした父の背中を見て育ったので、医師の道しか自分には考えられず、東京慈恵会医科大学へ進学しました。でも、その頃は眼科医になろうという思いはありませんでした。あまりにも眼科が身近にありすぎて、逆に興味が湧かなかったのかもしれませんね。当初は脳神経外科医になりたいと思っていました。ドラマの主役として描かれることもあり、格好いいなって。でも、大学生活も終わりに近づいていた頃、友人と進路について話し合う機会がありました。その時に、僕が脳神経外科に行きたいと話すと、彼に反対されたんです。「開業もなかなかできないし、開業しても忙しい。歳を取ってくると手術もできなくなる。脳神経外科はやめたほうがいいよ」。そうしたアドバイスを聞いているうちに、やはり自分には子どもの頃から慣れ親しんだ眼科が向いているのかなと思い、この道に進むことに決めました。でも、アドバイスをくれた友人、今は脳神経外科医なんですよ(笑)。

卒業後は大学院に進まれたそうですが。

大学院では、眼科の基本から教えてもらいました。最初の1年は研修医とほぼ同じ。2年目からは外来の仕事と平行して、大学院生としての研究を行うという忙しい毎日でした。主に生化学という分野で、網膜や視神経、脳の神経伝達物質に関することを研究しました。大学院では眼科学専攻でしたが、学位は脳の生化学の研究で取ったんです。というのも私の恩師が高校時代の先輩で、眼科の講師であるとともに生化学についても教えていたからです。それで、その先生の勧めもあって生化学を勉強することに。白内障のメカニズムもそこで詳しく学ぶことができました。

アメリカ留学で印象的だったことはありますか?

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大学院を4年で終えて学位を取った後、富士市立中央病院で1年間働きました。その後、アメリカに留学したらどうかという話になったんです。僕は英語が苦手で日本が好きでしたから、最初は留学にあまり乗り気ではありませんでした。恩師の計らいだったということもあり、最終的には留学を決意したんですが、振り返ると行って良かったと思います。というのも、向こうでお世話になった教授が、アメリカの市民権を取りずっと現地に住んでいる日本人。僕との会話は日本語で通じ合えたので助かりました。もちろん、研究室にはいろいろな国の人たちがいたので、僕も英語を必死に覚えました。一緒にランチに出かけたり、手料理を食べてもらったりとか。2年間の留学生活でしたが、目の中に炎症をおこすぶどう膜炎という病気の治療について主に研究しました。富士市立中央病院では臨床だけの生活でしたが、留学中は研究ずくめの毎日だったことを覚えています。帰国して慈恵医大で医局長などを経験し、その後、国立相模原病院(現 独立行政法人 国立病院機構 相模原病院)で4年間医長をつとめました。白内障手術はこの時に数多く経験しました。

花粉症から白内障手術まで目のトータル治療をめざす

開業の場所に海老名を選ばれたのはどうしてですか?

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たまたま仕事帰りに仲間と飲みに行ったときに、話のネタとして、「この辺りで開業するならどこが良い?」ということを聞いてみたんです。すると、小田急沿線で駅前に眼科がないのは海老名だろうということでした。その日はそれで話が終わったんですが、後日実際に訪れてみることに。1997年当時、駅前は大型スーパーや銀行はあったものの、大きな施設はほとんどない状態でした。建物自体もあまりなく、眼科を開業できる場所も少なかったんです。しかし、当院が現在入居しているビルがちょうど建ったばかりで空きがあり、ここで開業することに決めました。開業前には、診療圏調査を専門家に依頼します。この場所で開業すると、1日にどれくらいの患者さんがくるかどうかを調べるのですが、その結果は1日20人。この数字はかなり少ないので不安もありました。しかし、相模原病院時代の患者さんが電車で来てくれたり、今まで私に患者さんを紹介してくださった周りの開業医の先生が患者さんを紹介してくださいました。そうした皆さんのおかげでこれまで続けてくることができました。

クリニックの特徴を教えていただけますか?

小さな病気から、白内障のように手術が必要な病気までトータルで診れることです。僕の専門は、今となっては白内障手術です。しかし、それまでに神経眼科を学んだり、ぶどう膜炎を研究したりと幅広い知識を得てきました。ですから、目に関するさまざまな症状を診察・治療できますし、その過程で白内障が見つかったら手術もできるというのは強みだと思います。また、当院には常勤の視能訓練士がおりますので、特に子どもたちの斜視、弱視を30分から1時間かけてしっかり診てくれます。眼鏡を作る相談や、治療に関するアドバイスをしていますので、ぜひ相談してください。

現代人の目について感じることはありますか?

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子どもから大人まで、常に目を酷使していると感じます。仕事でパソコンを使い、休憩時間や通勤時はスマホを見たり。子どもたちもスマホを使っているし、携帯ゲームもしています。電子機器を使い過ぎると必ず近視になるというわけではありませんが、目を休めることをいつも心がけていただきたいですね。特に子どもたちは、外で元気良く遊んでほしい。あとはアレルギーです。小さな子どもたちでも、花粉が飛ぶ時期に目がかゆくなるという症状を訴える人が少なくありません。僕の時代にはなかったことなので、つらいだろうなと感じています。

新しさよりも安全で確実な治療であることが大切

料理がお上手だと伺いました。

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アメリカ留学時代、必要に迫られて覚えました。というのも、最初はアメリカで妻と長女とともに生活していたんです。しかし、妻が2人目を妊娠し、出産のために帰国することになりました。それから半年くらいは人生初の1人暮らし。ハンバーガーばかり食べていたらいけないと思い、自炊を始めたんですが、これがまた面白くて。妻が置いていった料理本を見ながらいろいろと挑戦しました。料理と研究は似ていますね。材料が何グラム必要で、どのように調理するかも決まっていたりして。でも研究と同じで本に書いていない微妙なコツみたいなものもあります。おいしいものができたときは仲間に配っていました。やはり留学中に大阪出身の内科の先生のお宅に招待され、奥さんの作るお好み焼きがおいしかったので思わずレシピを教えてもらったこともあります。それからというもの、我が家では僕がお好み焼き担当です。とはいえ、最近は休みの日でも料理をあまり作らなくなってしまいました(笑)。

今後の展望を教えていただけますか?

これからも、患者さんが最適な治療を受けることができるクリニックでありたいですね。新しい手法、新しい機器を取り入れるということももちろん大切ですが、多くの症例で効果が立証されている安全で確実な治療もありますので両方の視点で診療を続けていきたいと思います。また当院の入居しているビルの大家さんをはじめ、本当に周りの人と良いお付き合いをさせていただいております。これまでに受けた恩を忘れないためにも、この地で長く続けていきたいですね。

最後に、読者の方へのメッセージをお願いします。

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目は心の窓とも呼ばれており、全身のことがわかります。人間の五感の中でも視覚は特に重要です。生活するために欠かせない情報の90%以上は目から入ってくるともいわれていますから。だからこそ、少しでもおかしいなと感じたら眼科に行ってほしいと思います。そして、ぜひ医師と一緒になって治療に取り組むようにしてください。医師と患者はどちらかが上という関係ではありません。1対1の人間として、ともに病気と向き合っていく必要があります。そうした関係を築いていくことが良い医療を受けるための秘訣だと思います。

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