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水沼 信之 院長の独自取材記事

水沼医院

(茅ヶ崎市/茅ケ崎駅)

最終更新日:2019/08/28

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茅ケ崎駅から車やバスで10分ほどの場所にある「水沼医院」は1968年に開業。以来50年の長きにわたって地域住民の健康を支えてきた。待合室の白と黒の床、処置室の棚、プライバシーを確保しつつも優しく光を取り込むガラス窓などは、開業当時のものを使い続けている。現在の院長である水沼信之先生は3代目として、2015年12月から診療にあたっている。30年近くがん研有明病院で抗がん剤治療に携わったキャリアを持っているため、がん治療中の患者にとっても地元の頼れるかかりつけ医として親しまれている。「開業時には小さなお子さんだった方が、今でも通ってくださるのはうれしいですね」と語る水沼院長。医院の歴史や患者とのエピソード、地域医療にかける思いなど、たっぷりと聞くことができた。
(取材日2018年1月11日)

開業から50年。地域住民に親しまれるかかりつけ医院

クリニックの歴史について、お教えください。

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当院は内科の医師である父と小児科の医師である母が、1968年に開業しました。ですから、2018年で開業から50年になります。開業時、この辺りには他に医院がなかったようにも聞きます。そして今から10年ほど前から週に1回ほど、私も当院の診療に加わるようになりました。しかし母が亡くなった2013年にいったん看板を下げ、休業をしていました。私は長年、がん研有明病院でがんの治療を行ってきましたから、がんの治療を辞めて医院を継承することについて、少し迷ったんです。けれども私は生まれ育ったこの茅ヶ崎が好きですし、自分の経験を生かして地元に貢献したい、地域の皆さんのお役に立ちたいという気持ちもあったので、2015年に再開を決め、現在に至っています。

長く通われている患者さんもいらっしゃるのでしょうね。

そうですね。当院の第1号の患者さんのご家族が、今でも通ってくださっています。残念ながらご本人は亡くなってしまいましたが、その奥さまやお子さん、お孫さんまでが来てくださいます。最近来られた50歳くらいの患者さんは、「実は私は3歳くらいの頃、てんかん発作をここで治してもらった。懐かしいな」とおっしゃっていました。開業当時から当院を知っている患者さんが昔の話をしてくださることもあって、その方を通じて両親の思いを知ることもあります。

院長になられた際に、院内をリニューアルされたそうですね。

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はい。ご高齢の患者さんが増えたので、院内をバリアフリーにしました。入り口を自動ドアにして、靴のまま入れるようにし、トイレも車いすで入れるように入り口を広げるなど改装を施しました。でも、すべてを新しくしたわけではないんですよ。新規開業ではなく、あくまでも水沼医院を続けるということなので、良いものは残したいと思いまして。例えば、待合室の黒と白のタイルの床は昔から使っていたものです。開業時の1960年代には斬新でおしゃれなデザインだったそうで、いわれてみれば東京から設計士さんが来ていたのを思い出しました。また待合室や診察室の窓ガラスも以前のまま。プライバシーを守りつつ、光を採りこめるところがいいんですよ。診察室から見える庭の木々も切りませんでした。処置室にある白い棚も昔のものです。古くからの患者さんが、「子どもの頃のことを思い出します」と喜んでくださるんですよ。

専門病院での経験を生かした治療や相談にも応じる

日々の診療では、どのようなことを心がけていらっしゃいますか。

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患者さんにすべてを正直に話すことと、患者さんと同じ目線で話すことですね。かかりつけ医として、これは非常に大切なことだと思います。今の病状はどうなのか、薬は何のために飲むのか、薬がどのくらい効いているのか。そういったことをしっかり知って自己管理につなげることが、治療の鍵なんです。今は患者さんも勉強熱心でインターネットなどで検索される方もいますが、インターネットの情報は正確でない内容も多いので、わからないことや不安なことがあったら、どんどん質問をしていただきたいです。1回の説明で専門的なことを理解するのは難しいでしょうから、私もわかりやすく何回も何回も説明するように心がけています。

医師をめざしたのは、やはりご両親の影響ですか。

そうですね。当たり前のようにめざしました。といっても父と母の医師としての姿勢は、子どもの頃はあまりわからなかったんですよ。実は医師になった当初は、この医院を継ぐということは意識していませんでした。東京慈恵会医科大学を卒業後、同大学の附属病院で研修を受けていた当時は、胃がんや大腸がんはなかなか治せない病気でした。何とかしたいと、消化器系のがんの研究・治療に専門的に携わることができる、がん研有明病院に勤めました。抗がん剤の研究をするためにアメリカに留学した経験もあります。

がん研有明病院での経験は、どのように生かされているのでしょうか。

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当院は地域のかかりつけ医として機能していますから、風邪やインフルエンザ、高血圧や高脂血症などで来院する方が多いですが、がん治療や相談にいらっしゃる方も2割ほどいらっしゃいます。というのも当院は、がん研有明病院に通う患者さんも地元のかかりつけ医院として来られるような、サテライト的存在になっているからです。湘南エリアからがん研有明病院への通院は時間がかかるため、急に発熱したり症状が悪くなったりした際は、地元のかかりつけ医として対応します。また日常の血液検査や輸血なども行っています。ご相談も多いですね。当院では心電図とレントゲン検査が行えますが、これまでの経験を生かして早めに病気を見つけ、専門的な検査ができる医療機関を紹介します。セカンドオピニオンの紹介も得意です。患者さんの悩みや症状をお聞きし、その状況に合わせて適切な医師をご紹介できるのも、がん研有明病院での勤務経験があってのことと思います。

気楽に通える家庭医として、地域医療に貢献したい

印象に残った患者さんとのエピソードがあれば、お聞かせください。

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勤務医時代ですが、がんの症状がかなり進行した段階であるステージ4で、腹膜への転移も確認され、余命1年以内の診断を受けた患者さんを治療したことです。チームで新しい化学療法をしっかり行ったことにより、5年以上たった今も、その方は元気に暮らしています。埼玉県の方ですけれど、来月から月に1回、ここに来てくださることになっています。その方のように勤務医時代の患者さんで、都内とか、関東圏から通ってくださる方もいらっしゃいます。皆さん、箱根に行った帰りとか、湘南に遊びに来るついでに寄るという、観光ルートに組み込まれているような感じですが(笑)。もちろん、メインの治療はがん研有明病院です。でも、それもありがたいことですよね。

ところで、お休みの日などはどのようにお過ごしですか。

サーフィンと鉄道が趣味なので、休みの日は海にいるか、鉄道の写真を撮りに行っています。茅ヶ崎の人は、60歳になっても70歳になってもサーフィンをやめないんですよ。私も以前はよく行っていましたが、今は忙しくなってしまったので、週に1回ですね。波に乗っていると、仕事のことも忘れることができます。健康維持のために体を動かすことが大事なので、そういう意味でもサーフィンはいいですね。鉄道は乗るのも撮るのも好きですが、今はもっぱら「撮り鉄」ですかね。ドイツやアメリカなど海外に行くこともありますが、茅ヶ崎や大磯といった地元でも撮ります。投稿もしていて、雑誌にもけっこう載ることがあるんですよ。それこそ当院が暇だった頃は朝はサーファー、昼は撮り鉄、という感じでしたね(笑)。

では最後に、地域の皆さんや読者へのメッセージをお願いします。

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当院が50年もここでやってこられたのは、患者さんのおかげです。3代にわたって来院されていただいているご家族もいらっしゃって、非常にうれしいですし、やりがいもあります。両親がつくってきた地域の皆さんとのつながりを大切にし、専門病院で培った経験や人脈を生かして、これからも皆さんのかかりつけ医として、お役に立てればと思っています。地域の医療施設との連携もありますし、都内の専門的な医療機関を速やかにご紹介することもできます。ですから内科に限らず、健康のことで気になること、知りたいことがあれば、お気軽にご相談ください。

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