医療法人社団永和会 新八柱整形外科内科

医療法人社団永和会 新八柱整形外科内科

菊地 崇院長
頼れるドクター掲載中

59022

JR武蔵野線新八柱駅から歩いて約5分。閑静な住宅街が広がる常盤平柳町の一角にあるのが「医療法人社団永和会 新八柱整形外科内科」だ。1989年の開業だが、2011年からは菊地崇院長が就任、診療体制も新たにリスタートした。菊地院長は内科などで研鑽を積んだ後、整形外科医に。国立障害者リハビリテーションセンターや介護老人保健施設などで数多くの実績を残している。同クリニックでは、理学療法士によるリハビリテーションやデイケアでの運動療法などを提供しており、無料送迎サービスも行っている。それらもすべて「寝たきりになる人を防ぎたい」という菊地院長の強い思いが反映されたもの。そんな菊地院長にクリニックの特徴などについて聞いた。
(取材日2016年7月5日)

全身を診られる医師になろうと内科からスタート

―院長に就任されるまでの経緯を簡単に教えてください。

このクリニックは1989年に開業され、地域に密着した整形外科診療と内科診療を行ってきました。以前、私は週に1度ここに診療に来ていたのですが、前の経営者がクリニックの運営から退くとのことでしたので、私が継承する形で引き継ぎ、院長に就任しました。開業以来25年以上も経っていますので、長く通っていらっしゃる患者さんも多く、治療やリハビリを止めるわけにもいきません。私も地域の中で高齢者医療に向き合いたいと考えていた時期でしたので、ここで自分のやりたい医療を実践していきたいと考えました。

―なぜ整形外科医になろうと思われたのですか。

私の家は代々医師で、母方の曽祖父がいわきで内科医を開業していました。曽祖父ですから明治時代でしょうか。以降、祖父、父、そして親戚も医師ばかり。そんな環境で育ちましたので、医師になるのはごく自然の流れでした。子どもの頃から祖母に「将来は医者にならならきゃだめよ」とずっと言われ続けていましたし(笑)。整形外科医になったのは、祖母の影響が大きいと思います。祖母はいわきで病院を経営していたのですが、1970年代後半頃、これからは老人医療が重要であるとの考えから、当時はまだ数少なかった高齢者介護施設を作ったのですね。そんな祖母の姿を見て、老人医療の中でもリハビリテーション医とか整形外科医の必要性が高いのではないかと思ったのです。

―ご経歴を拝見すると、最初は内科の勤務医としてスタートしていますね。

はい。整形外科の診療を行うにしても、まずは体全体を診られることが大切だと思い、大学卒業後、東京都立広尾病院の内科に入って内科の勤務医を勤めました。その後、他の病院の麻酔科に勤務していたのですが、ある時、いわきで整形外科の開業医をしている叔父が心筋梗塞で倒れてしまい、手伝ってくれないかと相談されました。開業医ですから、長く通っている患者さんも多いですし、廃業するわけにもいきません。それで本格的に整形外科の研修を受け、その後国立障害者リハビリテーションセンターや介護老人保健施設ジェロントピアなどに勤務しました。最初に研修した駒込病院で、脊椎損傷の手術を受けた患者さんがリハビリによってすぐに歩けるようになった、その姿を目の当たりにしてとても感動したことを覚えています。整形疾患は治る病気であり、整形外科医は患者さんの元気を取り戻す仕事なのだと思い、自分に合っていると感じました。



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