梶田医院

梶田医院

梶田 匡史院長

頼れるドクター

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福住曜子前院長の代から、地域に根付いて診療を行う「梶田医院」。診療室から聞こえる梶田匡史院長のはつらつとした元気な声が院内を明るく彩っている。梶田先生は以前、自衛官として派遣医療活動にも従事。また、近年は同院での診療に留まらず若手医師の育成にも力を入れるなど、医師として高い使命感を持つドクターだ。勤務開始から2年、梶田院長は町で声をかけられることも多いという。すっかり地域になじみ、新たに生まれ変わった同院は患者の拠り所としてますます頼りにされているようだ。そんな梶田院長に、同院に至るまでの経緯、また数少ない有床診療所として地域医療に従事する同院について話を聞いた。
(取材日2017年6月9日)

地域医療の実践と温かみのある診療に惹かれ転院

―医師をめざしたきっかけは何でしたか?

小学校2年生の時に父から本居宣長の偉人伝をプレゼントされました。医師だけではなく国学者としても名を馳せた彼の活躍を知り、私も病院の外でも社会に貢献できる医師になりたいと思うようになりました。そこで、災害派遣という場を通じ、自分の力を発揮する機会のある防衛医科大学校への進学を決めたんです。体を動かすことも好きだったので、大学入学後も小さい頃から続けていた剣道を続けていました。防衛医大は総合診療医の育成を方針として掲げており、それは現在の診療にも大きく生かされています。私は当初別の診療科に関心があったのですが、救急に携わる中で、外科的スキルの必要性を感じたのです。そこで懇意にしている先輩が形成外科にいらしたので、その方の背中を追い、経験を積みました。そこでは形成外科のみならず、整形外科も学んだほか、外傷外科といって怪我の治療を主体とした手術を多く手がけました。

―実際に派遣医療活動も行ったのですか?

派遣では、インドネシアや南スーダンへ行く機会がありました。普通では体験できないような一生の宝物となる思い出がたくさんできましたね。国内だと、中でも東日本大震災の派遣で行った福島での活動を今も鮮明に覚えています。安否とご遺体の確認も任務の一つとしてあったのですが、ある時、瓦礫を撤去すると、赤ちゃんを守るように覆いかぶさったお母さんのご遺体が発見されました。改めて命の尊さや生きることの感動を覚えた、私の人生観に大きな影響を及ぼした経験でした。

―その後、こちらへ転院されたいきさつを教えてください。

以前は大学病院に勤務していました。最後に勤めた関連病院である三宿病院では、私が形成外科を立ち上げたのもあり、現在も週に一度診療を行っています。そして、開業を考えていたところ、前院長の福住先生と出会う機会がありました。福住先生は患者さまを大事にし、地域医療を実践されており、その温かみのある診療は私にあった医療だと思い、こちらでの勤務を決意させていただきました。地域の方々の拠り所として存在しているこのクリニックの温かさをそのまま維持してほしい、という思いを受け継ぎ、副院長として2年勤務した後、今年4月に院長に就任いたしました。私がこちらで診療するようになって変わった点といえば、元からある手術室を再稼働し、手術もこちらで行うようになったことです。その他の医療設備も一新し、また医院のホームページ開設やそちらでの梶田通信という医療コラムを使った情報発信等、より安全で確実な医療をめざし診療しています。

記事更新日:2017/07/11


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