川口 里江子 院長の独自取材記事
医療法人 けやき医院
(さいたま市西区/大宮駅)
最終更新日:2022/11/02
「うちの患者さん」。さいたま市西区で30年弱、地域のかかりつけ医として診療を続けてきた「けやき医院」の院長・川口里江子先生は、まるで自分の家族を「うちの父」「うちの息子」と呼ぶときのように、愛情をこめて患者たちを呼ぶ。その口調の温かさは、「患者さんは幸せか」を自分自身に常に問う川口先生の誠実な診療方針そのものだ。胃や大腸の不調をはじめとした消化器疾患全般の診療経験を積み、全身にさまざまな症状が現れるリウマチ・膠原病の研究にも従事した川口先生の強みは、内科の視点から患者を総合的に診れること。その人の病歴や複合的な疾患はもちろん、生活背景にも配慮して最善の医療につなげるよう徹底して向き合っていく。今なお緑が多く残る大宮郊外の一角で、地域の人の暮らしを守る川口先生に話を聞いた。
(取材日2022年8月7日)
全身を診て、その人にふさわしい医療を判断
地域とともに長く歩んできた病院だそうですね。
1993年の開業ですから、もう29年になります。実家が近く、地域に必要な医療を提供したいとの思いでこの場所を選びました。都内や県内の遠方から車で来てくれる方もいらっしゃいますが、ほとんどは地元の患者さんで、医院の歴史とともに年齢を重ねてきた方が多くを占めています。ご家族がお休みの日に患者さんを連れてきてくださることもあるので、土曜日も午前中は診療をしているんですよ。この辺りは車社会で、高齢の方の通院に車が不可欠なケースも多いですから、駐車場も広めに設けました。開業時から変わらず、専門性も追求して先端医療で患者を救う大規模病院との役割の違いを意識し、患者さんの人生観や生きざまを踏まえた親身な治療を心がけています。
高齢の方の診療ではどんなことを重視していますか。
高齢の方は、複合的な疾患を持ち、疾患ごとに違う病院に通院していることもあるのです。それぞれ専門の医師に診てほしいと患者さんが思っているならそれで良いのですが、中には通院の負担を感じている方もいるんですね。大変だけど、そういうものだと思って複数の病院を掛け持ちしている。そういう方にお薬手帳を見せてもらうと、「心臓は診てくれているけど、胃は診てくれていないみたいだな」など、専門性の高さゆえの偏りに気づくことがあります。患者さん自身も、受診する病院ごとに過去の病歴や現在の状態をすべて伝えるのは難しく、何かしら漏れてしまう可能性が高いでしょう。患者さんと長いお付き合いになるかかりつけ医だからこそ、疾患ではなく患者さん自身を見て、必要なもの、必要でないものを見極めるようにしています。
ワンストップで全身を診ていただけるのは心強いですね。
卒業後、現在のさいたま赤十字病院の研修医となり、2人目の産休を経て順天堂大学膠原病内科の研究生としてリウマチ・膠原病の研究に従事していました。また、日本内科学会総合内科専門医の資格も取得しています。特にリウマチ・膠原病は全身に症状が現れる病気ですし、一つの症状や病態にとらわれず総合的に患者さんを診るのは私にとって当たり前のことです。生活習慣病である糖尿病には生活改善、食事指導、薬物療法やインスリン注射、胃や大腸の不調には必要に応じて胃カメラや大腸カメラ、脳梗塞後には血液をサラサラにするお薬、といったように、総合病院や大学病院の外来と同等の治療は一通り行うことがでますから、安心してなんでも相談していただきたいです。もちろん、よりふさわしい治療があると判断すれば、すぐに適した病院をご紹介します。
コロナ禍も地域のために奔走
コロナ禍にはどのように対応されましたか。
高齢の方が多いので、全容がわかるまでは患者さんたちのことがとても心配でした。しばらくは健診もストップしてしまいましたし、ワクチン接種が進んだ後も重症化が心配で病院から足が遠のいたままの方が多くて……。特に脂質異常症など自覚症状がないまま進行していく病気は、患者さんは受診しなくてもすぐには困りません。お会いできずにいるうちにいろいろな疾患が進行しているのではないかと不安でしたね。少しでも安心して受診していただきたいと思って、空気清浄機や検温のシステム、室温を変えずに換気できる機器なども導入しました。今はだいぶ患者さんが戻ってきて、ほっとしています。
ワクチン接種も担当されたそうですね。
私は当初、まずはいつも診ている患者さんを中心に接種を行おうと思い、実施しました。ですが、医師である長男に「今は社会全体の危機なんだから、困っている人みんなの助けになるようにするべきでは」と諭されました。そこで、休診日を利用して、当院をワクチン接種会場として開放することにしました。長男が主体となって医療関係のメンバーを集め、医師でない次男夫妻に事務を任せ、当院のスタッフも協力しながら地域の皆さんへの接種を行いました。専門外の医師の三男も協力してくれました。長男は目の前の人を救うことの大切さを、次男は採算を取ることの重要性を、それぞれ考えながら協力してくれています。同じ息子でも得意分野が違って、面白いものですね。
先生とスタッフさんも、とても良いご関係に見えます。
ありがとうございます。スタッフはみんな女性で、ライフイベントなどで一時的に離れたり、諸事情で他院に転職したりしても、また当院に戻ってくるスタッフもいます。開院時からずっと働いてくれている方もいるんですよ。働きやすいのかな? 改めて聞いたことはありませんが、そうであってくれればいいですね。
医院の未来を考えつつ、「今」に全力を注ぐ
これだけ地域に浸透していると、「長く続けてほしい」という声も多いのではないですか。
ありがたいことに、よくそう言っていただきます。ただ、私もいずれは引退を考えるときが来るでしょう。当院を信頼して通ってくださる方が行き場を失うことがないよう、これまで通りの診療を行うとともに、継承をしっかり考えていくつもりです。幸い、長男は私と同じリウマチ・膠原病を専門としており、外来診療を手伝いにきています。今は今後の身の振り方を考えているところのようですから、後を継いでくれるよう願っています。長男の選択次第ですが、患者さんに安心してもらえるような報告ができるといいですね。
先生からご覧になって、息子さんの強みはなんだと思われますか?
リウマチ・膠原病は、かなり多角的な視点が必要なんですよ。一つひとつ細かく病態を診て必要な検査をし、診断をつけて、たくさんあるお薬から適したものを見つけ出さなくてはなりません。特に近年、リウマチ・膠原病の治療は目覚ましい進化を遂げ、薬も多様化しています。新薬で寛解をめざせる方が増えてきたぶん、これまで以上に丁寧で親身な診察が求められるようになるでしょう。息子を見ていると、そうしたきめ細かな診察が得意なのではないかと感じます。患者さんの訴えを起点に、幅広い視点で全身を診て診断をつける総合内科に似たところがありますね。それはこれまで私が重視してきた診療方針とも通じるということですから、医療に対する姿勢には似たものがあるのかもしれません。
ありがとうございました。最後に、読者にメッセージをお願いします。
地域に育てていただいた病院ですから、今後も長く皆さんの健康を支えていく役割を果たしたいと思っています。年齢を重ねて通院が難しくなる方もいらっしゃるでしょうから、訪問診療という選択肢を含めて、上手に支えていく方法を模索していきたいですね。ときには医療が最優先ではなくて、その方の生き様や思いを優先すべきときがあるかもしれません。例えば、80歳を過ぎてがんが見つかり、ご本人が手術したくないと言っている場合などです。ご家族が手術を望まれていても、「いい人生だったから、ここから先も自分らしくいい終わり方をしたい」とご本人が思っているなら、その気持ちをご家族にお伝えして納得できる落としどころを探すことも地域に根差した医師の務めではないでしょうか。難しいことも多いですが、私と、この病院を信頼してくださった皆さんが最良の道を選べるように、常に真摯に向き合っていくつもりです。