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北村 晃 院長の独自取材記事

北村歯科

(東久留米市/ひばりヶ丘駅)

最終更新日:2021/10/12

北村晃院長 北村歯科 main

ひばりヶ丘駅南口からバスで8分、五小通りに面し、大型スーパーの並びに位置する「北村歯科」。2代目院長の北村晃先生は、地域住民の歯科診療にあたりながら、東久留米市歯科医師会の会長として院外活動も精力的に行う歯科医師だ。「この場所は僕が生まれ育った場所です」と笑顔で語る。クリニック内の池で飼われている鮮やかなコイが通路の窓越しに見え、待合室の壁には、歯ブラシの紹介や治療情報が貼ってありどれも目を引く。診療室が明るく開放的なのも印象的だ。開業から半世紀以上の歴史を持ち、地域診療の担い手として取り組む同院。診療のモットーからプライベートに至るまで、北村院長に詳しく話を聞いた。

(取材日2020年2月18日)

解剖学教室で培った経験を、歯科診療に生かす

こちらは地域でも古くから診療しているクリニックだそうですね。

北村晃院長 北村歯科1

父が1968年に開業しました。開業当時は平屋でしたが、1972年に現在の3階建ての建物に改築しました。2002年から父と一緒に診療を始めた時にユニットを1台増やし、院長交代時にエックス線検査室の造設を行いました。規定に収まる造設場所が池の所しかなく、最初は池の上にエックス線検査室が乗っているかたちだったのですが、東日本大震災の時に池が壊れて水漏れが起こり、結局、修理とともに池の3分の1をふさぐことになりました。残った池にいるコイはもう3代目くらいになります。ほかにスタッフが飼っているカメもいますよ(笑)。患者さんは地元の方が大半で、隣に大型スーパーがあるので、車で買い物がてら受診する方も増えました。

診察室はとても明るく開放的ですね。

小・中学の同級生の内装屋さんと相談し、照明を1列増やし内装全体を白で統一しました。ユニットは2019年にすべて新しくしました。特に宣伝はしなかったのですが、患者さんはすぐ気づいてくれましたね。院内のお知らせやポップは、歯科衛生士の妻が描いています。ありがたいことにこういったポップを作るのがとても上手なんです。何せ歯科衛生士にならなかったら漫画家になりたかったと言っているくらいですから(笑)。僕は絵のセンスはまったくないので、すべて妻とスタッフに任せています。

クリニックを引き継ぐ前はどちらにいらっしゃったのですか?

北村晃院長 北村歯科2

僕は東京歯科大学を卒業してから大学院に進学し、そのまま12年間大学の解剖学教室にいました。解剖と聞くと皆さん一様に驚かれますが、医学教育の基礎の基礎、臨床に直結する解剖学を学びました。教育と研究が主体で、口腔内の歯の形から始まり、石膏で彫刻をしたり骨格の勉強をしたりして、その後に人体解剖も行います。当時の教授からはいろいろなことを教わりましたね。その傍ら週に2回ほどOBの先生のところでアルバイトをしていたのですが、ある時父から一緒に診療をしてくれないかと言われたのがきっかけで、後を継ぐことになりました。

解剖学にはもともと興味があったのでしょうか。

ありましたね。東京歯科大学の解剖学の学生教育は、1年間のカリキュラムが組まれていて、恩師からは「親切」「丁寧」「わかりやすく」「平等に」指導することをいつも言われていました。もし授業中に寝ている人がいたら起こすなと。それはお前の話がつまらないからだと教わりました。解剖学教室での12年間は本当に財産ですね。今でもこの時の経験は、患者さんへの説明時に役立っています。僕は今、東久留米市の歯科医師会の会長職にも就いているのですが、医師と歯科医師と薬剤師が集まる三師会で、市民向けの医療講座を年に4回行っています。ここでも解剖学教室での経験が生かせるので、2年に1回は演壇に立ちお話をさせていただいてます。

患者との信頼関係を築くことが、治療への第一歩

お父さまの診療を見て感じたことはありますか?

北村晃院長 北村歯科3

父は診療時間の8割くらい患者さんとしゃべっていました。患者さんも父と話をしにくるような感じで、見ていてうらやましかったですね。患者さんが治療後に笑顔で帰って行くのを見て、患者さんとの信頼関係は大事だなと感じ、学ばないといけないなと思いました。よく2代目が初代と一緒に診療するとうまくいかないと言いますが、お互い認める部分は認めることが大事だと思います。息子から見ると同じことをやっていても父にはかなわないと思う部分が必ずあります。でも父は、細かい部分の削りは息子のほうがうまいからと僕に任せてくれたり、母が早く院長を交代して父に給料を支払うかたちにしたほうがいいと助言してくれたりして、少しずつ任せてくれる患者さんが増えていきました。結果的にスムーズな院長交代につながりましたね。

先生は学校歯科医や幼稚園の嘱託歯科医も務めているそうですね。

学校歯科医は僕がこっちに帰ってきてから始めました。最初は地元の歯科医師会から、引退された先生が担当していた学校に行ってほしいと頼まれて遠方を担当していたのですが、現在はクリニックに近い学校や幼稚園を担当しています。そのほうが何かあったときに子どもたちや親御さんが通いやすいですからね。診療していて思うのは、やはりお子さんの虫歯が少なくなったことです。ただ二極化していて、極端に虫歯がある子とそうでない子のどちらかという印象ですね。ただ、親御さんたちの予防意識はとても高く、虫歯があっても次回の検診時にはちゃんと治療をしている子が目立ちますね。

診療のモットーをお教えください。

北村晃院長 北村歯科4

患者さんとの信頼関係を大事にしています。特に初診時は問診票だけではわからないことがたくさんあるので、お互いに話をして、患者さんがどういった生活背景で、どのような人なのかをつかむようにしています。また患者さんの話をよく聞き、わかりやすく丁寧な言葉で説明することを心がけています。当たり前ですが(笑)。例えば歯周病の患者さんに、歯をもっと磨いてくださいと言うことは簡単ですが、なぜそうすることが必要なのかを理解してもらわなければなりません。患者さんにどのように説明したなら本気になって取り組んでくれるのか、そのことを常に考えながら話を構築して説明することを心がけています。

歯科医師会での活動もお忙しいのでは?

歯科医師会は医師会に比べると入会率が低いのですが、会を通して他の先生方や行政とつながることができ、自分たちの診療や地域診療にも必ずプラスになります。結果的に地域の患者さんのためにもなるわけです。僕は東京歯科大学水道橋病院でカルテ指導も行っていて、研修医や若い先生方ともよく話すのですが、皆さんすごく優秀です。こういった若くて優秀な頭脳が歯科医師会に加わってくれたらうれしいですね。歯科医院は開業に資金がかかるので、最初の5年間の入会は無理としても、その後はぜひ考えてほしいですね。

父を見て歯科医師をめざした経験が、受け継がれていく

先生が歯科医師めざしたのはお父さまの影響ですか?

北村晃院長 北村歯科5

それが大きいですね、父も祖父も歯科医師でしたから。祖父はずっと大学に勤務していましたが、父は早く開業したかったようです。開業当時僕は小学校2年生で、父は母とともに毎日大勢の患者さんを診ていました。今と違って痛くならないと歯科医院に来ない時代でしたが、それでも父は歯科医師はとてもやりがいがあると話していたのを聞いて、悪い職業ではないなとずっと思っていました。私には兄と妹がいるのですが、兄妹全員が同じ東京歯科大学を卒業し、歯科医師になっています。兄は祖父、父の背中を見て長男の責任で歯科医師になり、私は父と兄を見て歯科医師をめざし、妹は兄たちを見て歯科医師になりました。今僕の娘と息子も、同じように歯科医師の道を歩んでいます。

休日はどのように過ごしていますか?

子どもは2人とも独立しているので、歯科医師会の会合やゴルフの付き合いがないときは、妻と一緒に出かけたりしています。あとは、インターネットで講演の題材になりそうなものを調べたり、他の人の動画を見て講演の参考にすることもあります。撮りためたビデオを一気に見たりもしています(笑)。

今後の目標や読者へのメッセージをお聞かせください。

北村晃院長 北村歯科6

地域医療への貢献のためにも、歯科医師会に入会する先生方を増やして、組織力を高めていきたいですね。開業するととかくほかの先生方とのつながりがなくなったり情報が途絶えたりしがちです。歯科医師会を通じて、歯科医療の活性化を行っていきたいと思っています。当院では痛みのある方はもちろん、歯周病や義歯の相談からお子さまの歯の悩みなど、地域のお口の窓口としてさまざまな相談に応じています。いつでも気軽に受診してください。

自由診療費用の目安

自由診療とは

ホームホワイトニング/4万4000円

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