大熊眼科医院

大熊眼科医院

大熊 京子院長

37909

イチョウ並木が美しい西八王子駅近くの大通り。併設する内科医院とともに、この地で30年弱診療を続けているのが「大熊眼科医院」だ。院長の大熊京子先生は「患者中心」の医療を掲げ、取材当日も多くの患者の話に注意深く耳を傾けていた。地域の患者からの信頼も厚く、なんと4世代で通う家族もいるのだそう。今回は忙しい合間のインタビューではあったが、こと医療の話になると熱が入る。そんな大熊院長の「これまでの診療」と、クリニックの「これからの姿」を詳しく聞いた。
(取材日2016年12月6日)

開業から30年。何でも相談できることが強み

―こちらのクリニックは開業から30年近くたつそうですね。

はい。1990年に開業したので、もう25年は超えました。私の父も内科の医師として八王子で開業していたので、地域の患者さんとのお付き合いは親子で50年以上になります。こうやって長く開業しているので、最後に頼ってくださる患者さんもとても多いんですよ。どこか専門のクリニックをご紹介することもあれば、他のところで手術を受けたけれど納得できる結果が得られていない患者さんがいらしたり。当院以外での治療中でも、いつでも相談に来ていただいています。そういう部分が当院の強みでしょうね。

―医師をめざされたもともとのきっかけは何だったのでしょうか?

高校生の頃に担任の先生から医学部を勧められたことが直接のきっかけです。当時、進路を考えるにあたって、なんとなく四年制大学に行ってそのままお嫁に行くよりも、手に職を持ちたいと考えていました。ちょうどその頃に叔父が亡くなったことも影響し、医学部へ進学することに決めましたが、実は、もし医学部に落ちたら父の知り合いの著名なファッションデザイナーの方にご紹介いただくことになっていたんですよ。デザインの仕事にも興味があったので、そうしたらファッション関係の仕事をしていたかもしれませんね。

―その中で眼科の医師になることを選んだのはなぜですか?

無事に東京女子医科大学に進学し、当初は小児科の医師をめざして勉強を続けていました。眼科を専門にしようと決めたのは、6年生の頃。婚約した主人の父に「これからは眼科の時代だ」とアドバイスを受けたことがきっかけですが、授業を受けてみて、網膜がすごくきれいでいいな、と思ったんです。そこで、お世話になっていた教授の紹介で駿河台日本大学病院(現・日本大学病院)の眼科に入局し、本格的に眼科の勉強を始めました。私が入った頃は、白内障の手術で人工レンズの移植や硝子体手術が始まったりと、眼科自体が変わっていく時代でしたので、本当に良い環境で学ぶことができました。新しいものもどんどん吸収できましたし、逆に今は簡単に行っているような硝子体の手術も、当時は真っ暗な中で何時間もかけて行っていて、そういう医学が発展していく歴史に立ち会えたことは幸せだな、と思っています。

記事更新日:2016/12/19

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