八塚 如 院長の独自取材記事
等々力脳神経外科
(世田谷区/尾山台駅)
最終更新日:2026/07/31
東京・世田谷の南部、東急大井町線沿いで診療を行っている「等々力脳神経外科」。八塚如(やつづか・ひとし)院長は半世紀近く医療に従事してきた経験豊かな医師で、頭部の外傷や頭痛、めまいなど脳に関する急性期の症状に対応するほか、脳卒中の後遺症や物忘れに対するリハビリテーションにも注力する。一方、頭のてっぺんから爪先まで幅広い診療に応じることに重きを置き、地元のホームドクターとしての役割を果たそうと、懸命の努力を続けている。診察室と家庭での数々の経験を通し、患者との悩みの共有を何よりも大切にするようになったと語る院長に、これまでの歩みとリハビリテーション、診療に向けての心境の変化などについて聞いた。
(取材日2026年7月7日)
四肢運動・感覚障害や物忘れ対応のリハビリテーション
現在の診療で、特に力を入れて取り組んでいることはありますか?

今はリハビリテーションに重点を置いています。脳卒中などの脳疾患を発症すると、手足の運動機能や感覚がまひするなどの後遺症が出やすいため、一通りの治療を経て症状が安定してきた患者さんに、四肢の可動域を広げて正常化するための運動など、維持期のリハビリテーションをお勧めしています。当クリニックでは私が診察室で簡単なやり方を指導しています。一方で、理学療法士さんにも月2回来てもらっていて、こちらは予約制です。患者さんが自宅でも続けてくれるように、1人につき30分みっちり行います。
MCI(軽度認知障害)の患者のためのリハビリテーションもあるそうですね。
はい。物忘れが増えたのを気にして受診される方も多いため、認知機能の改善に役立つようなリハビリテーションを用意しました。簡単に言うと有酸素運動と脳のトレーニングを同時に行うもので、国内で開発された認知症予防運動プログラム「コグニサイズ」がベースになっていますが、これを私は「ながらリハ」と呼んでいます。体を動かしながら簡単な計算問題やしりとりで頭も働かせるから「ながら」です。近頃は認知症予防に運動が役立つとよく知られるようになったためか、「ながらリハ」に集まる患者さんたちはとても熱心に見えます。認知症を患う人数が今後も増え続けると予想される中、こうした地道な対策の積み重ねが、ますます重要になってくるのではないでしょうか。
昨今は医療現場のDX化が盛んですが、先生は診療中の記録や情報伝達の手段として、紙を好むそうですね?

それほど大げさなことではないですし、DXが間違っているなどと言いたいわけでもありません。ただ、私には手で紙に書くほうが合っているのです。例えば初診の方と話す時、悩みを共有するためには患者さんの目を見て話したいし、相手の言葉をしっかり記録したい。でもあいにくブラインドタッチの入力が苦手なので、その場では紙にさらさらと病歴を書き留め、後で電子カルテに記入します。病気や治療について図で説明したい時も、使っているのはモニターよりもやはり紙です。ちょうどいい資料があればそれを見てもらいますが、私が鉛筆で手書きすることもあります。血管の形などは、詳細な画像よりも要点をしぼった図解のほうがわかりやすいのです。ただ、診察室の机周りが紙の資料やメモ書きした付箋でいっぱいの状態になってしまっているのは、整理整頓ができないようで少し恥ずかしいですね(笑)。
病気を治すだけでなく患者の悩みを共有することが大切
前回お話を伺ってから約10年がたちましたが、先生とクリニックの近況に変化はありましたか?

一番の出来事は、クリニックの経理もしてくれていた私の家人が病気を患い、入院、そして手術を経験したことです。幸い今はだいぶよくなりましたが、初めて「患者の家族」という立場になって、こんなに大変なのかと、今さらながらに身をもって知らされました。カルチャーショックに近かったですね。朝から夕方までクリニックで診療する傍ら、家では家人のケアに加えて食事の準備と後片づけ、それらが済んだ夜遅くに1日分の経理を行い、明日の準備をしてようやく一段落です。家人が病院に行く日は付き添って主治医の説明を一緒に聞きに行きましたが、どうしてもクリニックの予定と重なってしまい、やむを得ず休診したこともありました。
患者の家族になったことで、ご自身の診療を見つめ直すこともありましたか?
大いにありました。患者さんを取り巻く状況への理解が深まり、医者として患者さんと接する時の心持ちが変わったと思います。患者さん本人のつらさを気遣うのはもちろんですが、付き添うご家族の生活の様子を想像して、特にその方の仕事に影響が出ないように、こちらから診察日の調整を申し出たこともあります。自分の社会生活と家族のケアを両立するのは本当に大変です。だから通院を減らしても大丈夫な時は配慮してあげたいですし、いつでも相談しやすい雰囲気をつくるようにしています。家人の病気は私個人にとって現在進行形の一大事ですけれど、診察に向き合う医師の立場としては、新たな気づきを得るたいへん貴重な経験になったと感じています。
診療の中で大事にしていることは何ですか?

患者さんと悩みを共有することです。私の考えでは、病気を「治療する」だけが医者の役割ではありません。患者さんの訴えを深く理解して共有することにより、その人に合ったケアの方法を選ぶことがとても重要だと考えています。病気によってスタンダードな治療法はだいたい決まっていますが、それをすべての患者さんが受け入れられるとは限りません。時には安全に配慮しつつ柔軟にアレンジする必要も出てきます。例えば、脳梗塞の患者さんで本来は薬を毎日何回も飲まなければならない場合でも、胃の具合が悪い、あるいは別の持病があって薬が多過ぎるといった事情があるなら、脳梗塞の薬を1日置きにして負担を減らすことも検討します。このように患者さんとの悩みの共有を出発点にして考えることで、医者からの押し付けではない、患者さんが納得しやすい治療を採用できるようになると考えています。
頭のてっぺんから爪先まで診る町の医師であり続けたい
改めて、クリニックの歩みと先生の診療に対する基本的な考えをお聞かせください。

私は脳神経外科を専門に大学病院などで20年ほど勤務した後、東京の国立市で初めて開業しました。2013年からは今の世田谷区等々力に移転して診療を続けています。医者になった当初は、脳神経外科が対象とする脳や脊髄、神経に関わる病気の治療にできるだけ注力していく心づもりでした。そもそも私が開業しようと思ったのは、脳神経外科の対象でありながら手術を必要としないほとんどの患者さんに向けて、自分のこれまでの経験を役立てたいと思ったからです。その考え自体は今も変わっていません。そして、このクリニックで日々の診療を重ねるうちに、地域のプライマリケアを担う立場として、「頭のてっぺんから爪先まで診る」存在でありたいという新しい目標が生まれ、現在に至っています。
病院に勤務していた時と比べて、クリニックでの診療に違いは感じましたか?
やはり、患者さんとの関わりがより親密になりますね。大学病院での診療スタイルに慣れていると戸惑う先生もいるでしょうけれど、私はすんなり適応できました。むしろ心地良く感じたくらいです。さっき悩みの共有という話をしましたが、患者さんの事情に心を配るようになると、自分の行動にも少なからず影響するものですね。子どもの患者さんを診察した後に週末が挟まるような場合、その数日の様子が気になるので、状況に応じてこちらからご自宅に電話して確認します。患者さんとご家族に「ホームドクター」と思ってもらえたらうれしいですが、これだけ長くやっていても、自分はまだまだだなと反省することが多いです。
最後に、クリニックの今後について抱負をお聞かせください。

気づけば医者になってから50年近い月日が流れていて、振り返るとたくさんの記憶がよみがえってくる半面、あっという間に過ぎたようにも感じられます。私もそれなりの年齢ですから、いつか後を継いでくれる人が現れたら自分に代わってこのクリニックを続けてもらうのもいいでしょう。とはいえ、現時点では健康にも恵まれ、診療への意欲も衰えていません。これからも今までどおり、脳神経外科でありつつも、「頭のてっぺんから爪先まで診る」町のお医者としてやっていきたいと思っています。体の不調でやって来る患者さんの話をじっくり聞き、帰りがけに「今日はお薬いりますか?」と尋ねるようなスタンスで、患者さんたちと一緒に自分の余生を過ごせたら本望ですね。

