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阿部 純久 院長の独自取材記事

阿部内科クリニック

(相模原市南区/相模大野駅)

最終更新日:2020/04/01

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相模大野駅すぐの商業施設ボーノ相模大野のサウスモール4階にある「阿部内科クリニック」は2013年4月の開院以来、院長の阿部純久先生の専門である循環器内科をはじめ、その予備軍である生活習慣病や、風邪など内科全般に対応。これまでの病院勤務での経験を生かし、地域に根付いた医療を展開している。穏やかで優しい笑顔が印象的な阿部先生は、開業前には大学病院や総合病院の循環器内科で心臓カテーテル治療に取り組み、夜間の救急にも対応していた心疾患のエキスパート。長年循環器畑で過ごしてきた経験を生かして、さまざまな症状と向き合っている。そんな阿部先生に、日々の診療や患者への思い、医師になった理由などたっぷりと語ってもらった。
(取材日2018年4月4日)

専門の循環器内科から一般診療まで幅広く対応

開院5周年を迎え、現在のクリニックの様子はいかがでしょうか?

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2013年にそれまで勤務していた病院を定年退職した後も臨床を続けていきたいという思いで開業し、あっという間に6年目になろうとしています。最初の1年弱はここにクリニックがあることをなかなか認知してもらえず患者さんが少ない時期もありましたが、現在は知人やご家族の紹介などクチコミで来院する人が非常に増えましたね。年齢層は10代から高齢者まで幅広く、特に中高年以降の方にかかりつけとして利用している人が多く、私の専門である心臓の病気の人、脳卒中の人、血圧、コレステロールのコントロールが必要な方など主訴もバラエティー豊かです。

過去の病院勤務とクリニックでの診療ではどのような違いを感じていますか?

若い頃に大学病院に勤務していたときは、朝7時から夜9時半までほぼ休憩もなく、昼食も検査の合間に食べるような生活が何年も続きました。循環器内科は夜間の救急で運ばれてくる人も多かったのですが、それに比べ現在は外来の決まった時間での診療がメインなので、体はずいぶん楽ですね。開業から時間がたち、近隣の病院とのネットワークも広がりました。北里大学病院や国立相模原病院など患者さんを快く受け入れてくださる病院もあり、たいへんありがたく感じています。また最近は病院から症状の安定した患者さんをご紹介いただくことも増えましたね。

クリニックの特徴を教えてください。

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循環器に関しては心筋生検も含めた種々の検査で確定診断し治療法を選択するなど、自分でほぼ完結できるところまで経験を積んできたと自負しているので、循環器の患者さんに関してはクリニックでもしっかりと診ていくことができると思います。もちろん地域の内科クリニックとして、風邪や腹痛などの症状にも対応しています。そういった一般的な疾患をどうすればよくなるかを考えながら診ていると今さらながら発見があり、とても面白いです。臨床をしていて飽きるということはないので、専門分野以外にも幅広く診ていけるようにより一層努力していきたいです。また、循環器疾患の予備軍である生活習慣病にも積極的に取り組んでおり、看護師と一緒に減塩指導や食事療法も行っています。

目の前の患者に何ができるか。地域の人に役立つ医療を

日々の診療で大切にしていることはありますか?

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for the patient(患者さんのために)、ホスピタリティー、そしてコミュニケーションを基本コンセプトとしています。患者さんのためにというのは当たり前のことですが、困っている方の話をよく聞いて診察し診断のために必要な検査をする。つまりその人にとって何ができるかを考えて接しています。僕が話をするよりも患者さんに話をしてもらい、その人のキャラクターを理解することが大切ですね。また、同じくらい重要なのがスタッフ間でのやり取りで、定期的にミーティングを行い、それぞれの立場から意見を言い合う時間をつくっています。ホスピタリティーに関しては、電話の応対を統一させるとか、足が不自由な人にはこちらから駆け寄りお話を伺うなど、そういった教育も含めて、引き続き患者さんの心地良いと思える環境をつくっていきたいです。

この5年間で看取りも経験されたそうですね。

ちょうど開業して2年半ほどたった頃、一人の患者さんのお看取りをしました。当院に来られたときから病状がかなり悪かったのですが、絶対入院はしないと言われて。そこで、ご自宅がご近所だったこともあり、かかりつけとして24時間対応をしました。今も当院をかかりつけにしてくださっている患者さんのうち、ごく限られた範囲ではありますが、お看取りも含めて往診を行っています。町のかかりつけ医としては広く患者さんを受け入れるゲートキーパー的な役割も大切ですが、僕自身は一人の患者さんをきちんと最後まで診たいという気持ちがあります。地域の人の役に立つ医療を提供したいという思いから、どうしても必要な患者さんから依頼があればそれに応えていきたいと考えています。

これまでの診療で、印象に残っている出来事はありますか?

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以前、胸が痛いと訴えてこられた40代の女性の患者さんがいました。話をして検査をしても特に異常は見つからなかったのですが、2回目に診察を受けられた際にぽつりと話された日常の出来事から原因が見つかりました。もちろん、初診時に踏み込んだ話はできませんが、相手を見ながら話し方も変えていくと、そのうち患者さんからいろいろなことを話してくださるようになり、そこから原因の発見につながることがあります。それから、開業後のことで覚えているのは、オープン初日が大雨の荒れた天候だったのにもかかわらず、朝9時に前の病院で診ていた患者さんが来てくださったことです。この方が記念すべき第一号の患者さんです。2人目の患者さんも前の病院で診ていた方で、高齢なのでここまで通うのは大変だからと言っていたのですが、来てくださって。お2人の来院は本当にうれしかったですね。

体が動く限り現役続行を。困ったときに頼れる存在に

先生はなぜ医師という職業を選ばれたのでしょう?

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僕は宮崎県都城市の出身で父が薬局を開業していました。昔の田舎なので近くに病院もなく医院も数軒しかないので、熱が出ると、直接父のところに薬をもらいに来る人がいました。休みもほとんどなく朝7時半から夜9時半頃まで店を開け、夜中に自宅の呼び鈴を鳴らして解熱剤をもらいに来る人にも、嫌がらずに対応していました。そんな父が僕に医師になることを勧めたんです。でも、当時僕はトランペットを吹く「ブラバン少年」で、将来は音楽をやりたいと思っていました。しばらく医師になる気はなく、高校の途中くらいで医師になることを決めました。もともとは父に勧められて選んだこの職業でしたが、なって良かったですね。この仕事が好きですし、向いていると思っています。

数ある診療科から、循環器内科を専門にされたのはどうしてですか?

僕の時代は今の研修医システムとは違って、卒業後の2年間で内科全部を経験することができました。血液、腎臓、膠原病、消化器、呼吸器、循環器、神経内科と2年間で各専門科目の知識を学べるわけです。その後2年間、関連病院に配属され、そこで実際に主治医として患者さんを診ていくのですが、足利赤十字病院の勤務初日に、急変の患者さんの気道を確保するために気管チューブを挿入する「気管挿管」をしなくてはいけなくなりました。その時は上の先生にやってもらいましたが、以後教本を繰り返し見ていろいろな手技を身に付けました。2年間内科の基礎を学び、その後残りの2年間で実践を経験。この4年の間に自分の専門を決める中、僕は自分の手技で治療を行い、素早い判断で勝負するカテーテルに興味を持ち、循環器内科に進むことにしました。

最後に今後のクリニックの展望や、読者へのメッセージをお話しください。

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心臓病の前段階である生活習慣病の患者さんが改善できるように看護師と一緒に取り組んでいくと同時に、心臓病の方を治療と予防の両面から支えていきたいです。僕は自分の体が動く限りは医師を続けたいと思っています。こうすればもっと良くなるかなと考えながら診療していくことが楽しいので、元気でいる間、少しでも多くの方の役に立てればそれが一番ですね。将来的には循環器の専門外来も開設したいですし、往診も可能な限り行っていきたいですが、何よりも患者さんが増え待ち時間が伸びてしまっているので、複数医師体制にできればと考えています。調子が悪かったり不安なことや困ったことがあったら、ぜひいらしてください。心臓病や生活習慣病にかかわらず、できる範囲でお応えしていきたいです。

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