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池田 龍二 院長の独自取材記事

町屋整形外科

(荒川区/町屋駅前駅)

最終更新日:2019/09/13

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町屋駅から徒歩6分ほどの場所に「町屋整形外科」はある。院長を務める池田龍二先生が医師をめざしたのは小学生の頃。脳梗塞で倒れ、体が不自由になった父親とともに過ごしたことをきっかけに、「患者の気持ちがわかる医師になろう」という志を抱くようになったそうだ。整形外科の医師になった池田先生は、新松戸中央総合病院や日本医科大学付属千葉北総病院での勤務を経て開業。医院は今年で20周年を迎える。飾らない人柄で地域の人に慕われている池田先生に、開業までの経緯や診療方針などさまざまな話を聞いた。
(取材日2017年4月13日/更新日2019年9月10日)

父の病気を機に、患者の気持ちがわかる医師をめざす

なぜ医師をめざされたのですか?

僕は幼稚園に入る前から劇団に所属しており、映画やCMなどの出演を通して素敵な方々にいろんな人生の機微を教えていただきました。そんな中で小学校4年の頃、父親が脳梗塞で倒れてしまって。当時はCTが日本に数台しかない時代で、頼み込んでやっと検査してもらうような状況だったのですが、なんとか一命を取り留めました。しかし、その後は入退院を繰り返すようになりました。そのため僕の父との思い出は、急な手術に立ち会ったことや夏休みに旅先で入浴の介助をしたこと。子どもの僕にとって父親の病気はとても大きなもので、医師をめざしたのは父親の面倒を見たいと思ったからです。今思い返すと、父は自身の病気を受け止められていなかったでしょう。リハビリテーションに対する意欲をなかなか持てない様子でした。病気がどれだけつらいものかは当人でないとわからないですが、このような経験から患者さんのつらさがわかる医師になりたいと思いました。

お父さまがきっかけだったのですね。

ただ、僕が医学部を卒業する前に父は急に亡くなり、目標を見失ってしまって。それまでは腹部外科や心臓外科の道を考えていたのですが、麻痺のある父がリハビリに苦労したことや装具を使っていたことから、整形外科の分野を専門にしようと志したんです。日本医科大学大学院に進学してからは腰や骨盤を専門として、仙腸関節の神経を研究しました。悪いのは腰なのに、股関節や陰部に痛みが出ることがあります。それはなぜなのか、博士論文にまとめました。当時としては珍しい内容だったと思いますよ。腰の神経を研究している先生方にたくさん引用していただいて、励みになりましたね。その後は、新松戸中央総合病院で整形外科部長、日本医科大学付属千葉北総病院で整形外科医局長を務め、開業しました。

なぜ町屋で開業されたのですか?

僕は葛飾赤十字病院で産まれ、町屋は、母校の日本医大のある千駄木との中間になるので、ここには縁があり、町屋でぜひクリニックを開きたいと思い、1997年に開業しました。今年で20年になります。「池田整形外科」ではなく「町屋整形外科」と名づけたのは、この街にもっとなじみたいと思ったからです。「池田先生」ではなく、「町屋の先生」で呼ばれたいな、と。開院当初は、整形外科がどんな病気やケガを診るのか、なじみがないようでした。前を通った老婦人から「私はもう年だから整形は関係ないわ~」と言われたこともありました。美容整形だと思われてしまっていたようです(笑)。今では、近くに整形外科ができて良かったと言っていただけるようになりました。かつての患者さんの中にはお亡くなりになった方もいらっしゃいますが、息子さんや娘さんがその後も、お礼を言いに立ち寄ってくださるのもうれしいことですね。

画像だけに頼らず本当の原因を総合的に診断

どういった方が来院されていますか?

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お子さんとお年寄りが多いですね。お子さんだと、切りキズや骨折など。お年寄りだと、腰痛、ひざの関節痛、神経の通り道が狭くなったことによる手のしびれや痛みといった症状です。整形外科ではエックス線を撮ったり、場合によってはMRIを撮ったりしますが、悪い部分が画像に出ているからと言って、必ずしもそこが原因とは限りません。問題を起こしている原因は何なのかをしっかり診察して把握することが大切。今はMRIを簡単に撮れるようになりましたけど、それですべてがわかるわけではないんですよ。趣味、仕事、ペットの世話などの生活スタイルも考えないといけないですしね。

診察をしながら、根本となる原因を探っていくのですね。

精神的なことが原因の場合もあります。今、欧米では脊椎の痛みは精神科の医師と一緒に診るのが当たり前といわれています。これは、精神的なつらさが身体症状として腰痛や神経痛に現れることがあり、体は悪くないのに、手がしびれる、足が痛い、腰が痛いという方がいらっしゃるからなのです。患者さんにお話を伺ってその可能性が考えられる時は、心因性の痛みに対する薬をお出ししています。それから、患者さんの「痛い」という訴えが、「何かしないと不安」という気持ちから生まれている場合がありますので、そういう方はリハビリ室でマッサージをすることも。その方の様子に応じて対応するようにしています。

気持ちに応じてもらえるのは、患者さんはありがたいだろうと思います。

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医師は、患者さんの痛くてつらい気持ちをどれだけわかってあげられるかが重要だと考えています。僕は、麻痺を起こしたらどれだけつらいか、父と過ごした経験からイメージすることができます。それが一番の強みだと思います。加えて、患者さんが自分の親や子どもだったらどうしてほしいか、ということも考えて診察をしています。先日も、脊椎を骨折し足の麻痺が出た高齢の方がいらっしゃいました。その方は緊急性がないので様子を見ていいとの診断を受けたそうでしたが、もしこれが自分の親だったら、一瞬一秒でも早く病院に入って手術を受けて治ってもらいたいと思うのではないでしょうか。すぐに紹介先を探しました。僕は病院を探すのは早いと思いますよ。

医師のネットワークづくりはより良い治療のため

先生はなぜ紹介先を探すのが早いのでしょうか?

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開業して4年たった頃、当時、東京女子医科大学にいらした教授とともに、整形外科の医師のための講演会を企画するようになりました。年2回、近隣の先生を講師としてお招きしています。これは自身の勉強のためであるのですが、同時に、地域の先生方が近くの中核病院の先生と知り合いとなることで、くびや腰、手、ひざ、足などの専門の一流の先生や医療機関へ患者さんをスムーズに紹介できるようにしたいという思いで始めました。医師の姿勢として、専門外の患者さんを自分のところで長く抱えているのは良くないと思います。僕の場合はありがたいことに、電話をかけてお願いできる間柄の先生が多いので、紹介先を探すのが早いんです。来院した患者さんの病気が僕の専門外だった場合、すぐにその分野を専門とする先生に紹介できることは、当院の強みの1つです。

これまでに印象に残っている患者さんはいらっしゃいますか?

古い話では、総合病院にいた頃、悪性のがんのお子さんを担当していました。すでに、がんが骨に転移し、少しでも動かしたら骨が折れてしまうような状態で、余命は明日でもあさってでもおかしくありませんでした。そんな時、その子から、おばあちゃんの家に行きたいと言われたんです。すでに病院の中でしか過ごせないような状態でしたが、彼の望みをかなえるため、腫瘍によってグラグラになってしまった大腿骨をギプスで巻いて動けるようにし、僕がいつでも救急措置を取れるように、彼のおばあちゃんの家に同行したんです。一緒に釣りをしたり、おばあちゃんのおにぎりを食べたり。そうして一日を過ごし数日後、亡くなる時に「ありがとう」と言ってくれたんです。彼と一緒に少しでも幸せな思い出を残すことができて、うれしかったなと思っています。

最後に、先生の原動力は何ですか?

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やはり、必要としてくれる人がいることです。例えば、リウマチの患者さんが関節が痛くて内科で診てもらい「血液検査の数値は悪くないから、痛くないはずですよ」と言われてしまう。でもここでエックス線を見てみると変形している。「これは痛かったでしょう」と声をかけると「わかってくれた、良かった、助かりました」と患者さんに喜んでもらえるんですよね。あとは、かつて大学病院で僕が手術をした方が高齢でここまで来れなくなっても、息子さんやお孫さんが来てくれる。別のクリニックに移った方がまた戻ってきてくれたり。そのように、うれしいことに僕を頼りにしてくれる人たちがいる。僕が医師を続ける理由はただそれだけですよ。

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