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さがみ外科胃腸科クリニック

さがみ外科胃腸科クリニック

佐上 俊和 院長

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都営新宿線の東大島から徒歩3分。コアシティ東大島の一角にある「さがみ外科胃腸科クリニック」。周辺はファミリー層が住む巨大な団地が連立する一方、昔ながらの下町も残る。そんな地域のニーズに合わせ、「明るくやさしい診療所」をモットーに丁寧な問診を心がけている佐上俊和院長は、おおらかでユーモアあふれるドクター。そんな佐上院長に、医師を志すきっかけや、東京女子医科大学消化器病センターでの修業時代、診療で大切にしていることについて、たっぷりと話を聞いた。
(取材日2013年12月20日/更新日2019年9月25日)

父の死をきっかけに奮起。過酷な修業で精神面も鍛える

―医師を志そうと思ったのはいつ頃からでしょう。

父が内科の医師で、私が小学校3年生の時には開業していましたから、ずっとその背中は見ていました。自宅続きの診療所にはいつも患者さんが大勢待たれていて、そんな頼られている父を子どもながらに尊敬していたものです。父からは一度も「医者になりなさい」とは言われたことはありませんでしたが、何となく「そうなるのかな?」という気持ちはありました。高校は進学校だったので、頑張れば何とかなったのでしょうけれど、のほほんとしていたのと勉強以外の趣味もたくさんありまして、医学部を受けたものの不合格。当然ですよね(笑)。それで予備校へ通っていました。

―先生が一浪されている時にお父さまの胃がんが発覚したとか。

そうなんです。入院した時にはすでに末期で肝臓にも転移していました。たぶん自分でも前から気づいていたと思いますが、自分の体より仕事を優先したのでしょう。そして私の大学入試試験の直前、父は息を引き取りました。その時、主治医の先生が「君も医者を志しているならついてきなさい」と、病室から離れた狭くて暗い廊下へ連れ出し、解剖室の外で「君のお父さんの肝臓だよ」と、菊の花のように大きくなった亡き父の一部を見せられたのです。悲しみ、寂しさ、驚き、すべての感情が一緒くたになって、無意識に泣きじゃくっていましたね。それからです。これまでに味わったことのない焦燥感に襲われ、「このままじゃまずい」と、必死になって勉強しました。父の死や、主治医の先生の想いが、のほほんとしていた青年時代に発破をかけ、次の年は無事に合格。当初は父と同じ内科をめざしていましたが、父の胃がんを目の当たりにして消化器外科を専門に決めました。

―それで、東京女子医科大学消化器病センターに入られたのですね。

どうせならしっかりトレーニングできる環境がいいと思って。ただめちゃくちゃハードでした。毎朝5時半から患者さんの採血、点滴、エックス線撮影をし、7時半の回診までにデータをまとめ教授陣へ提出。オペは週3回、1日15回あり、教授陣の一挙手一投足を見逃すわけにはいきません。オペ後の処置は1年生の役目で、夜中も数時間おきに処置を行います。合間にナースセンターでうたた寝をしていると、「1年目の先生は起こしていいから」と婦長さんの怖い指示が聞こえたり(笑)。それよりもっときつかったのは、夜中に勤務が終わると、先輩からの飲みのお誘いがかかること。オペはチームで行うため、先輩との交流はいわば課外授業。絶対に断れません。結局朝まで飲んで職場に戻り、検査室のベッドで仮眠(笑)。1年目でアパートに帰れたのはわずか1回でした。そんなハードな日々でしたが、多くの症例を診て勉強できましたし、精神的にも鍛えられました。



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