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蕨 謙吾 院長の独自取材記事

わらび内科ペインクリニック

(江東区/亀戸駅)

最終更新日:2019/10/08

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器質性や心因性など、さまざまな原因がもたらす「痛み」。もともと「疼痛(とうつう)」は、体の不調やケガを知らせるサインである。しかし、その警告が度を過ぎると、耐えがたい苦痛に発展することがある。江東区の亀戸天神近くに位置する「わらび内科ペインクリニック」は、麻酔治療の技術を応用し、痛みの度合いを軽減することに注力した医療機関。戦後間もないころから内科医として地域に親しまれてきたが、3代目にあたる蕨(わらび)謙吾院長が勤務を開始すると同時に、屋号や建物の一部とともにリニューアルを行った。まだ比較的新しい分野である「ペイン」、最大の難しさは、施術そのものより、患者の意識を高め「治す」という気持ちに持って行くこと」だという。団塊世代が高齢を迎える「2025年問題」を間近に控えた今後、高齢者の在宅介護といった側面でも、痛みのケアが注目されてくるだろう。そのとき、街の医院に求められる役割は何なのか。その近未来像についてもクローズアップしてみたい。
(取材日2014年2月20日)

生活の一部に「天神様」が、3代続く亀戸の老舗医療機関

こちらは、地元で半世紀以上続く内科医院と伺いましたが。

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当院は、祖父が戦後間もないころに開院しましたので、もう80年近くたつでしょうか。すぐそばにある亀戸天神は、小さいころから親しみを込めて、「テンジン」と呼んでいましたね。放課後に「テンジン」に集合して、友達と遊びに出かけたものです。当時は高度経済成長期でしたから、子どもの数も多く、みんなで野球をすることが多かったですね。祖父、父が医師として働く姿をみてきましたから、医師の道を選ぶこと、また地元で開業医として働くことに迷いはなかったですね。今、私の母校であり、昔は祖父も校医をしていた「第一亀戸小学校」の校医をしています。久々に母校に足を踏み入れ、懐かしさと同時に、こうしたところにも天神様の縁を感じます。勿論受験のときもお世話になりましたし、亀戸の生活の中心には、やはり天神様があるのかもしれません。スカイツリーの開業以来、参拝者も増えているようですし、地域がさらに盛り上がっていけばいいですね。

普段は、どのような気晴らしをされているのでしょう?

体を動かすことが一番ですね。月に一度程度ゴルフを楽しんでいますが、メンタルというか、戦略性の高いところも気に入っています。ゴールに向けて一連の流れを組み立てて実践していくところが面白いですね。もちろん、その通りに行かないことの方が多いのですが(笑)、そういったアクシデントも魅力のひとつです。家では、息子が小学校に入る年齢なので一緒に野球や水泳、スキーをして体を動かしています。飲み込みが早くて楽しいですね。我が子自慢になってしまいましたが、成長を見ているだけで癒やされています。

もし、医師になっていなかったとしたら、何をしていたでしょう?

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医師以外の道はあまり考えなかったというのが、正直なところかもしれません。むしろ、どのような医師になるべきか考えていましたね。将来的には開業医として実家を継ぐことが頭にありましたので、医学部卒業時の進路ではかなり悩みました。街のかかりつけ医として幅広い知識を持てる、今でいう総合診療医的な医師、そして医師である以上はいざというときに全身管理のできる、今でいう救命救急医的な医師を目指したいという理想はありましたが、当時はそのどちらも今ほどは確立されておらず、選択肢も限られていました。そんな時、頭に浮かんだのが麻酔科医という選択でした。麻酔科医なら、こどもからお年寄りまで多くの患者さんと接することができ、緊急時の対応も勉強できると思ったんですね。結果として20年近く麻酔科医として働き、様々な内科的な合併症を抱えた患者さんの、それこそ頭から足の先まであらゆる外科手術の麻酔に立ち合い、多くのことを学ばせていただきました。また、ペインクリニックという概念を知り、学ぶことも出来ました。非常にハードな日々でもありましたが、僕にとって大きな財産となっています。

他人に伝わりにくいのが「痛み」、患者と一緒に治療していく

カンガルーのようなトレードマークがユニークですね。

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これは、「ワラビー」という、小型のカンガルーなのです。当院は以前「蕨(わらび)医院」という名称でしたが、2009年に私が副院長として戻ってきたとき、リニューアルとともに名称変更しました。学生の頃、ニックネームが「ワラビー」だったこともありましたし、「街のかかりつけ医」として、常に安心できる「お母さんの袋」という意味も込めたモチーフにしました。あまり気付いてはもらえませんが(笑)。主な診療内容としては、一般内科のほかに、ペインクリニックを手がけています。「痛み」を抱えている患者さんは、どうしても内向的になりやすいですから、クリニックは明るく開放的な空間をイメージしました。広々としたトイレには大型のミラーを導入し、パウダールームとしての機能を兼ね備えています。また、車いすの方も少なくありませんので、バリアフリー対応となっています。

ペインクリニツクとは、どのような診療内容なのでしょう?

外科手術においては、術中の患者さんの全身状態を管理するだけでなく、様々な薬や神経ブロックという手技を用いて術後の痛みを軽減させることも麻酔科医の大切な仕事のひとつです。この技術がほかのことにも応用できないかと広まってきたのが、ペインクリニックのはじまりのひとつです。神経ブロックは例えば、急性の椎間板ヘルニアのように器質的な原因の存在する疾患には非常に有効で、良い適応となり得ます。一方で、難しいのは、慢性の痛みや器質的な問題が明らかでない、例えばストレスや自律神経の関与するような痛みで、長期にわたり痛みに苦しんでいる患者さんも少なくありません。

慢性疾患の場合、どのように難しいのですか?

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治療が年単位といった長期にわたることもあり、患者さんのモチベーション維持が困難なのです。慢性の痛みでは、神経ブロックは痛みを軽減するひとつの手段ではありますが、残念ながらそれだけでは100%完治しないケースも存在します。慢性痛の場合は、日常生活を送る上でどの程度の痛みなら意識しないで「共存」できるのか、そのゴールを明らかにしたらそこを目指して患者さんと一緒に治療していきます。神経ブロックや薬を用いた痛みの軽減と血流の改善、継続する運動療法、そして患者さんとお話するなかで痛みに対する不安を取り除いていくこと、が重要だと考えています。不安の除去は自律神経の緊張を緩め、血流を改善することで多くの慢性痛に効果が期待できます。必要であれば整形外科や心療内科を専門とされる先生をご紹介し、並診を勧めていくこともありますが、患者さん自身がモチベーションを保つことがとても大切です。それを支え、一緒に治療に取り組んでいくことで、患者さん自身の自然治癒力を高めていくことがペインクリニックの大きな役割だと思っています。

迫る2025年問題、開業医がめざす方向とは

つらい思いをしている患者に、どのような接し方を心がけていますか?

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「他人と唯一共有できない感覚」が痛みだと考えています。いわゆる五感は多くの人と分かち合えますよね。ところが、どのように痛いのかは、擬音語や例えなどを介して表現するしか方法がありませんから、他人に伝えることが困難なのです。それに、苦しんでいる方ほど、ひとりで抱え込む傾向があります。眉間にシワを寄せ、下を向きながら暗い表情をされているのを見ると、こちらまでつらくなってきます。そのような中、少しずつでもお話を聞いて、手がかりを得ていくしかないでしょう。デリケートな問題を含みますので、ときには慎重に、複数回にわけて問診をしていきます。その反面、痛みが低減した患者さんは、表情が生き生きとしてきます。「痛みは、人格すら変えてしまう」と、常々感じているところです。

掲げているモットーがあれば、教えてください。

適切な治療を行うことは大原則なのですが、あえて挙げれば「来院することで、安心が得られる場所」でありたいということでしょうか。患者さんは皆、クリニックに必ず何か辛いところがあって、不安を抱えていらっしゃるのですから、クリニックは治療は勿論のこと、緊張から解き放されほっと一息入れられる場であること、帰る時にやっぱり来てよかった、と思っていただける場所であることが重要だと思っています。

最後になりますが、今後の抱負はありますか?

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開業にあたっては、なんでも相談できる街のかかりつけ医とペインクリニックによる痛みの治療をクリニックの2本の柱として考えました。大学病院にいた20年弱の間に、高度な先端医療が可能になっていく素晴らしさと、一方で医療政策の変化から、入院期間の短縮や退院後の受け入れ先の問題など、医療が大きく変化していく様を目の当たりにしました。「今後は高度な医療を提供する病院と、患者さんの日々の状態を近くで診ていく街の開業医との役割分担がより明確になる、自分のやってきたことを生かして大きな病院と開業医の橋渡しをしたい」、というのが開業した大きな理由のひとつでしたが、開業後5年が経ち、その思いはますます強くなっています。今後、団塊世代がいよいよ高齢にさしかかり、今まで以上に大きな病院と開業医の役割分担と連携が重要になってくるでしょう。老老介護や独居高齢者の方々の現実に接し、開業医と患者さんの家族や地域との関わり方といった、社会のフレームも無視できないと感じています。在宅医療、介護への取り組みは、今でも江東区の医師会などが中心となって確実に動いています。今後、クリニックの3本目の柱として地域のコミュニティーとも協働しながら取り組んでいけたらと思っています。

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